心十郎の死体はそのままにし、毛布をかけリビングへ戻った。
拓将「なあ、あいつ薬なんかやってたの知ってた?」
修馬「いや。だがさっき言ってた舞鈴の話は、きっと薬のせいで幻覚でも見たんじゃないか」
拓将「なるほど。だよな」
樹菜「そ、そうだよね……うっ、うぅ」
さっきから樹菜はずっと泣いている。
修馬「大丈夫か樹菜?」
樹菜「うぅ……」
樹菜へ近づく。
修馬「樹菜。大丈夫だから、おちつ……」
樹菜「来ないで!」
樹菜は持っていたかばんからナタのような物を俺に向けた。
吹雪「修馬!」
修馬「な、何だそれ」
カタカタ光るナタと血走る瞳。
かなり驚いた。
大人しい樹菜がこんなものを向けてくるなんて。
樹菜「はぁ……はぁ……」
修馬「じゅ、樹菜……
そんなもんどこから持って来たんだ」
樹菜「そ、倉庫にあった……
みんなが部長のコテージにいる間に見つけた……」
修馬「だ、だからってお前な……」
拓将「いーや……樹菜は正しいぜ」
背後から反論される。
修馬「なんだと?」
振り返ると拓将はバタフライナイフを指で回していた。
拓将「お前、誰がオーサーか考えてるか?遥輝がもしオーサーじゃなかった時、容疑者はこの部屋にいる4人だぞ?……もう誰がオーサーかわからねぇからな」
修馬「拓将……」
吹雪「樹菜……」
樹菜「はぁ……はぁ……」
拓将「修馬、お前はオーサーじゃないとは思ってはいる。
だから悪いことは言わねぇ。お前も吹雪も身を守るもんくらい持ってたほうがいいぞ」
これには俺も同意する他なかった。
なぜなら拓将が言った言葉通りで、拓将か樹菜のどちらかがオーサーの場合、武器を持っていない俺と吹雪は太刀打ち出来ない。だからといってこの2人の武装をやめさせられる論もない。
俺は迷った挙句、自分は工具用ハンマー。吹雪には木製バットを持たせた。
いずれもこの倉庫にあったものだ。
これは抑止力のため。
そう言い聞かせたが、人数が減る度に生き残りには疑惑という亀裂が入る。
この中にオーサーがいる……?
勿論、姿を消した遥輝が一番怪しいとは思っている。しかしこの部屋にいるメンバーもわかったものではない。
壁にもたれ、メンバーにチラチラ視線を送る拓将。
離れた席に座り、肩を抱き震える樹菜。
そして、俺の隣の席に座り、下を向き悲しそうにしている吹雪。
俺は自分以外に生き残っている3人に目を配る。
この中にオーサーがいる?
拓将、樹菜、吹雪。
お前らは一体何を考えて、何を見ているんだ……
窓の外の闇へ目を向ける。
修馬「……夜になったな」
吹雪「ねぇ今日はね。
自室のコテージに帰るのはやめない?
バラバラにならないほうがいいと思うの」
拓将「……そんで?」
吹雪「だ、だって今までの殺人は自室のコテージで起こってるんだから対策しないと」
修馬「ああ。お互いを監視するためにも、みんな一緒にいて交代で睡眠をとる方がいいんじゃないか?」
誰も返事をしない。反対なのか?
拓将「……ふーん。つまり集中力がなくなった深夜、外に潜む遥輝にまとめて殺されようってか?」
修馬「拓将……」
拓将「いや違ったか?今、怪しいのは幽霊だったか?ひとりぼっちは狙われるのか?
ふん!俺はごめんだぜ。お前らだって信用してねえんだ。お前らの前でなんか眠れるかよ」
荷物をまとめる拓将。
修馬「拓将待て!」
樹菜「はぁ、はぁ、はぁ」
吹雪「じゅ、樹菜大丈夫?」
樹菜の呼吸が早くなっている。汗も尋常ではなかった。
修馬「じゅ、樹菜」
樹菜「ゆ、幽霊が来る……夜に私達を殺しに来る……」
心十郎の迷惑な遺言。
樹菜には効いていた。
修馬「樹菜!それは心十郎の妄言だ!幽霊に人は殺せない!」
樹菜「うぅ……何で!何でこんな目に逢わないといけないの!
何で筋書き通りに死ななきゃいけないの?自分の死なんて誰かに決められたくない……」
樹菜がここまで大きな声を出したのは初めてで驚く。
樹菜「ううぅ……自分の死ぬ時は……自分で決めるんだ!」
立ち上がり、手にナタを持ちフラフラと歩き始める。
吹雪「樹菜?」
修馬「おい!どこ行くんだ!」
拓将「なんだなんだ」
樹菜は拓将の脇をすり抜け、ロッジの外へ出た。周囲に嫌な闇が広がっている。
樹菜「こ、こんな数字怖くないもん!」
振り返り、頭をふる樹菜。
かなり錯乱してる。
修馬「樹菜!落ち着け!ロッジの中に戻れ!外には殺人犯がいるかもしれないんだぞ!」
樹菜「……そ、そうはいかないんだから」
ナタを振り上げる。
吹雪「え?樹菜!」
修馬「樹菜!何する気だやめろ!」
樹菜「オ、オーサー見なよ!誰だか知らないけど、あなたの筋書き通りになんかミステリーは進まないんだから!あは、あははは」
樹菜の目がこれ以上なく血走る。
修馬「樹菜!おい、まさか!」
拓将「バカ!やめろ!」
吹雪「樹菜!」
樹菜「あはは、はは」
ナタが振り下ろされる!ザクッと嫌な音が闇に響く。
修馬「おい!何してんだ!!」
拓将「うわああ!」
吹雪「いやあああ」
樹菜「あああ!う、うあああ!」
周囲が赤く染まる。
吹雪「しゅ、修馬!樹菜をとめて!」
吹雪に揺さぶられ、はっとする。
修馬「樹菜!やめろっつってんだろ!」
俺は力任せに樹菜を突き飛ばした。
小柄な体と真っ赤なナタが闇夜に転がる。
樹菜「い、いあああ!」
止めるのが遅かった。
樹菜の手首から血がとめどなく流れ落ちる。
修馬「……なんてことを」
そう、錯乱した樹菜は自分の左手を……
ナタで切り落としていた。
骨と肉の見える断面を見てしまい、目を逸らす。
ああ、俺の手も樹菜の血で真っ赤になってんじゃん。
吹雪「樹菜!大丈夫?ねえ!」
吹雪が樹菜の肩を揺する。
修馬「痛みで気絶してるだけだ。死んではいない。とにかく応急処置だ!ベッドに運ぶぞ。一番近いコテージは誰のコテージだ?」
吹雪「えっと……樹菜だね!」
修馬「樹菜わり。鍵借りるぞ」
背中に血まみれの樹菜を担ぐ。
修馬「おい拓将!運ぶの手伝ってくれ!」
拓将は返事もせず、ある一点を見つめている。
修馬「拓将!」
拓将「修馬、見ろよあれ……」
修馬「なんだよ、こんな時に」
拓将「樹菜の手首」
それはみるみるうちに血色を失っていく。
そして代わりに手の甲に、ある数字が黒く浮かびあがり始めていた。
拓将「……樹菜が死んだら出る筈だった数字じゃねえの?」
そこに浮かんだ数字は……3