Count 02

4日目、夕方
ロッジ
視点、吹雪

腕の中の修馬から寝息が聞こえる。
2日目の夜、朝まで聞いてしまっていた。
好きな人がくれる安心感。心地いい。

私は彼を起こさないように彼からすり抜ける。そして自分の着ていた上着を掛け布団に使った。

昨日寝てないし、ずっと眠そうだったもんね。
彼の寝顔へ微笑む。

ふふふ……おやすみ修馬。

修馬との思い出を思い出す。

一番古い記憶は私のぬいぐるみをとったり、わざと難しい話をして、理解出来ない私のことをバカにしたりと、とにかくすごく意地悪な子だと思ったこと。

出会いは3才の頃だが、もうよく覚えていない。
それは、それ以降の思い出が多過ぎるのが原因だと思っている。

小さい頃はいつも一緒にいた。
一緒にゲームしたり……
謎解きごっこをしたり……
お互いの家にお泊まりしたり……

数え切れない思い出の数。

そんな中、一際色褪せない記憶がある。

近所の子供達にいじめられていた私。
そんな時、いつもは意地悪な彼がその子供達から守ってくれたこと。

ボロボロになった修馬。
啜り泣く私。

その時に貰った修馬の言葉は今も忘れない。

修馬「泣いても何も変わらないだろバカ!……吹雪はバカだから、俺がずっと一緒にいてやるよ」

幼稚園、小学校、中学、高校、そして大学……

修馬は本当に一緒にいてくれた。

そんな彼のことが好きだと自覚したのは、かなり前からだった。

……本当は怖かった。
この気持ちを伝えると修馬はもう一緒にいてくれなくなるのではないかと。

でも好きな気持ちに嘘はつけない。

もどかしい日々は今思えば長かった。
しかし、その日々は今日をもって終わった。

これで……ずっと修馬と一緒にいられるんだね。
幸福感に目を瞑る。

そしてもう一度、無防備な修馬の寝顔に微笑んだ。

吹雪「修馬……大好きだよ」

懸念していた告白は上手くいった。

……しかしこれで終わりではない。

このカウントダウンに関しては、まだ何も終わっていない。

そう、終わっていない……

オーサーはまだ私達を殺そうと画策しているからだ。

一応念を押すが、本当に私はオーサーではない。

オーサー……
ずっと、ずっとその正体を考えていた。

その正体を特定するためにいろいろ事件を整理していた。

ここで大きな疑問が2つある。

まず1つ目。
オーサーはカウントダウンの順番を決める時、何を考えたのか?

舞鈴、文明、心十郎、遥輝、樹菜……

カウントダウンの数字は皆殺しの予告。オーサーは選べた。誰から殺していくかを。

するとここでひとつ疑問。
なぜ一番最初に舞鈴を選んだのか?

連続殺人の現場状況から考えると……
普通は後に殺す者ほど殺害難易度が上がるのは必然。
実際に、全員で固まって動くようになったり武装し始めた。
ならば安易に殺害しやすい最初の1人になぜ舞鈴を選んだ?

私がもしオーサーなら、頭のキレる部長や、腕力に自信がある修馬辺りを始めに排除しておき、比較的弱い立場の舞鈴や樹菜は後に残す。

なぜ舞鈴を一番に持ってきて、なぜ修馬をこんな後半にまで残すことにしたのか?
番号をあらかじめ決めていたなら、尚更だ。

そして2つ目。
なぜ殺す順番を、わざわざカウントダウンしている?

これは半分は答えが確定している。

その半分とは、きっとオーサーの挑戦。
ミステリー研究サークルのメンバーよ。
お前らを順番に殺す。
さあ私が練り上げたこのミステリーを解いてみろ。
……こんなところだろう。

しかしもちろんそれだけではない。
きっとトリックを混ぜてきている。

修馬も気付いたようだったが、遥輝がきっと4の番号通りに殺されていないように、まだトリックがあるはずだ。

なぜなら、今日は今日、明日は明日で状況は変わるのに、先に順番を縛ってしまうリスクを考えると、必然理由がある。

そしてこの2つの疑問には私なりの答えが出ていて、そこからある仮説に辿り着く。

この仮説が正しければ1人……
8人の中のある人物がオーサーだということになる。

オーサーは、不測の事態に対応した時にひとつボロを出した。

生まれた疑惑を確認するために、私はさっき1人になった時、ある人物のコテージへ向かった。
窓が割れていたおかげで容易に入ることが出来たそのコテージの中で仮説の確信を得た。

そう、実は私はオーサーを特定している。

みんな私を天然、天然と言うが、天然とは頭を使っていない時が多いということで、決してバカではない。
幼馴染をこのサークルに誘うくらいの推理力はあると自負している。

そしてオーサーもすごく頭がいい。

オーサーは……
狡猾でいて、先を読むことに長けていて、目的を遂行するために手段を選ばない冷酷さを持つ狂った人間。

失意……
オーサーの正体を特定してしまった時の最初の感情だった。
いつも一緒の仲間が狂った殺人鬼だったという悲しみ。

一体何を思っての連続殺人なのか。
これだけはいくら考えてもわからなかった。

そう……いつも一緒にすごした仲間を次々と殺していったオーサー

その正体とは……

コツ……コツ……

???「……くくく、くひひ」

ギィィ……

吹雪視点 完

Count 03

修馬「おい吹雪」

吹雪「なに?」

修馬「ポケットの中身を見せてくれないか?」

吹雪「えっ!……何で?」

上目で見られる。
この反応……やっぱりいつもと違う。

修馬「いいから」

吹雪「だめだよ……まだ」

まだ?何だ、まだって。

修馬「何がまだなんだ?」

吹雪「と、とにかく駄目!」

幼馴染の俺ですら見たことのない拒絶。

やっぱり……本当に……

俺は覚悟を決め、立ち上がる。
そして吹雪に近付き、拓将から没収したバタフライナイフを吹雪に向けた。

吹雪「……しゅ、修馬?」

修馬「なぜ出せない?
……本当にお前がオーサーなのか?」

吹雪「えっ?」

修馬「なあ?どうなんだ?」

吹雪「うそ、ひどいよ修馬……
私達子供の頃からの付き合いでしょ?」

泣きそうな目を向けてくる。

修馬「だまれ!遥輝殺害時のアリバイはトリックなんだろう?」

吹雪「トリック?
……遥輝は4の順番通りに死んだんじゃないって思ってるんだ」

修馬「ああ、いやに話が早いな。
つまりもうお前であろうと信用出来ない」

吹雪「……そんなぁ」

修馬「確かに拓将がオーサーなら全てのつじつまはあう。しかし俺がオーサーならそんなバカなシナリオは書かない!」

吹雪との思い出……

修馬「オーサーは死の順番をあらかじめ決めたりする狡猾な策士なのは間違いないだろう」

何で今、フラッシュバックするんだろう。

修馬「完璧なクロより限りなく近いシロを疑え。俺がお前に誘われて、このミステリー研究サークルに入った時、一番最初に教わったことだ」

あんなに人に優しかったお前に……

修馬「なあ、お前がオーサーなのか?」

一体何があったんだよ……

修馬「吹雪、答えろ」

吹雪「……違うよ。
私はオーサーじゃない」

首を横に振る。涙がキラキラ光る。

修馬「なら、そのポケットの中身を出せ」

吹雪「……」

吹雪は困ったように黙ってしまう。
このままじゃ堂々巡りだ。

修馬「ちっ」

俺は吹雪を突き飛ばし、床に倒した。

吹雪「い、痛い」

修馬「動くな!もし動けば、容赦なく首を切り裂くからな」

吹雪「う、修馬ぁ……」

うるうるした瞳。
もうそんなのに騙されるもんか!

そしてポケットに手を突っ込む!

仮説は整った。
あとは証拠だけ。
ここで起爆スイッチが出てくれば、吹雪がオーサー確定だ。

……幼い頃からの大切な存在、吹雪。

俺は息を飲み、ポケットの中身を引っ張り出した。

吹雪「あ……」

出て来たのは……

修馬「なんだこれは?」

綺麗な包装紙に包まれたブランド時計の箱と、1枚の手紙。

修馬「腕時計?これで起爆したのか?」

そして手紙を乱暴に開く。
そこには吹雪の女の子らしい文字が並んでいた。

“修馬へ
誕生日おめでとう!
修馬と出会って何年経つのかな?
色んな思い出。全部私の宝物です。

修馬は昔から時間にルーズだよね。
本当いつまでたっても治らないので、ちゃんと常に時間を見ようね、ってことで腕時計を選びました。

今年も、これからもずっと一緒にいれたら嬉しいなと思います。
ずっと一緒にいてくれてありがとう修馬!
大好きです。

吹雪より”

修馬「あ?なんだこれ?」

べそをかく吹雪。

修馬「俺にプレゼントしようとしてたのか?」

頷いてくる。

修馬「は?じゃあ何ですぐ出さなかったんだ?」

吹雪「だって……誕生日明日だし、まだ早いから」

修馬「お前バカか!そんなこと言ってる場合じゃないだろ!今は生き死にの問題の最中だぞ!」

吹雪「……私にとっては大事なことだったんだもん」

修馬「……何で?」

吹雪「……」

また吹雪は黙ってしまう。

修馬「おい吹雪。答えろ」

吹雪「……修馬が好きだから」

ポロポロと涙が溢れる。

修馬「えっ」

吹雪「ずっと……ずっと好きだった。
好きだって伝えたかった」

今度は俺が言葉を失う。

吹雪「この旅行で伝えようって決めてた。……舞鈴にもずっと相談乗ってもらってて」

吹雪の涙に心を打たれる。
こいつはこの事件なんて二の次で、ただ俺に想いを伝えたいだけだったのではないのか。

一緒に寝ようと言ってきたことも……
俺が1人で行動する前、少しスネてたことも……
せっかく姿を隠したのに拓将から俺を守ってくれたことも……

全ては俺のことがただ好きだったからだったんだ。

そもそも吹雪は何で俺を疑わない?

吹雪の立場からすれば、オーサーは拓将か俺のどっちかだが何も確証はない筈だ。

なのに俺を全く疑っていない。
何故だ?何故なんだ?

修馬「吹雪……俺がオーサーだと思わなかったのか?」

吹雪「……」

修馬「なあ?」

吹雪「自分のことは信じて、疑わないよね?」

自分のこと?何を当たり前のことを言ってるんだ?

修馬「ああ。それがどうした?」

吹雪「私は、自分を信じてたから」

修馬「だからどういうことだよ!」

吹雪「……私の好きになった人が殺人鬼なわけないって」

修馬「……!」

胸が痛かった。
自分が恥ずかしい。
こんなにも俺のことを想ってくれる子を、信じきれず暴力をふるった。

俺はなんて小さい人間だったんだろう。

修馬「……バカやろ」

グズグズ泣く吹雪。

修馬「お前は、昔から本当に天然でズレたことばっか考えやがって」

吹雪……

修馬「こんなことがあったから、忘れてた」

そうさ、吹雪……

修馬「俺も……俺も、お前のこと好きだったってことを」

実は俺も同じ気持ちだったんだ。

吹雪「えっ」

修馬「ごめんな吹雪」

抱き寄せる。
吹雪の体は潰れてしまいそうなほど小さかった。

吹雪「あ……修馬?」

修馬「ごめん、もう忘れない」

吹雪「う……修馬ぁ」

修馬「好きだ吹雪……
帰ろう。ずっと一緒だ」

吹雪「う、うう、うあああ!修馬ああ!」

子供の頃のように泣きじゃくる吹雪。
しがみつくように俺の背中へ手を伸ばす。
暖かい。

今だけはカウントダウンだか、オーサーだとかはもうどうでもよかった。

……ずっと吹雪とこうしていたかった。

Count 04

2人で拓将をロープで縛り、ロッジに担いでいった。
縛りあげた拓将はロッジの隣の部屋で依然気絶している。

修馬「……」

吹雪「……」

沈黙。
いつ間にか昼になっており、簡単に食事は済ませたが、昨日から2人とも全く寝ていない。
今日も時計の針だけが響く。
初日に、8人で騒がしく食事をしたリビングとは遠く変わってしまった。

修馬「……いやまさか拓将がオーサーだったとはな。まだ信じられねぇ」

吹雪「そうだね……」

目線は合わさないが吹雪は答えてくれる。
さすがに疲れているのだろう。

俺もひどく眠いが、眠る気にはなれない。

修馬「なあ?」

吹雪「なに?」

眠気を醒ますために吹雪と話す。

修馬「何で樹菜のコテージが爆発した時、あの場から消えたんだ?」

吹雪「……仕方なかったの。あの状況で爆発したからには、きっと私が疑われると思った。今度こそ拓将に殺す理由が出来てしまうと思ったから」

修馬「……なるほど」

吹雪「ねえ、一応聞くけど……樹菜は?」

修馬「ああ……すまん。間に合わなかった」

重く首を振る。

吹雪「……そう」

吹雪は察してくれた。

修馬「で、その後は?」

吹雪「……浜辺の近くの草むらに隠れたんだけど、修馬と拓将の言い争う声が聞こえてきた。遥輝の死体があってびっくりしたけど、修馬が殺されそうになったのが見えたから、思い切って出ていったの」

修馬「ああ、あれは助かったよ。本当にありがとう」

吹雪「うん……」

吹雪はうつむく。
本当に吹雪がいてくれてよかった。
こいつが助けてくれなかったら俺は今頃殺されていただろう。

吹雪はやっぱり遥輝の手紙で濡れ衣を着せられていただけだったようだ。

そうだよ。幼馴染の吹雪がオーサーなわけない。

だよな……?

……本当にそれでいいのか?

眠気で回らない頭に嫌な自問が広がった。

そういや、何で俺は吹雪を外していたんだっけ?

そう部長殺しの時だ!あの夜、一緒に寝たからオーサーではないと思ったんだ。
だがこれは拓将も言ってたように眠っていた間を証明出来ない以上、今となっては怪しい。

それに吹雪なら樹菜を一番簡単に殺せたことになる。
樹菜の看病をしながら、爆弾を上手く置けばいいからな。

だがそうなると吹雪には遥輝が殺せない。
心十郎が死んでから、一度も1人にはなれていないからだ。

てか、そもそも遥輝はいつ殺されたんだ?

やっぱり拓将が遥輝を見つけ出して浜辺で殺していたというのが普通だが、何かひっかかる。
なぜならそこだけあまりにも短絡的だからだ。

でも俺から見て、拓将しか遥輝を殺せない。
遥輝は5の心十郎と3の樹菜の間に殺されたのは間違いないからだ。

……いや、待て。

なぜ今、俺はそう思った?
手の甲の番号は絶対だから?
確かにたまたま死んだ心十郎も、ふいに殺されたと思った樹菜も、結局は番号通りだったという変な信頼感があった。

この番号の固定概念こそがオーサーの用意したトリックならどうなる?

もう一度考えてみる。
例えば遥輝が行方不明になったあの朝。
あの時、すでに遥輝は殺されていたんじゃないか?
……いやありえるだろ?
だってその後、死体が見つかるまで誰も彼を見ていないんだから。
そして死体は海に沈めておき、頃合いをはかり出現させる。
手には4の数字。
きっと俺達は、5と3の間に殺されたと推理する。
海水に死体を沈めていたことで、死亡推定時刻の特定は厳しくなる。

……吹雪は、樹菜が死んだ後。
1人になれたので、海に沈めていた遥輝の死体をビーチに出現させた。筋は通る。

よくよく考えれば、吹雪はおかしな点が数点あったんだ。

初日の夜、最初に殺された舞鈴とコソコソ何か話していたこと。

さらに樹菜のコテージで、拓将に追求されたポケットの中身……
あれは樹菜のコテージに仕掛けた爆弾の起爆スイッチだったのではないか?

……本当に俺は吹雪を信用していいのか?

吹雪は依然うつむいている。

……吹雪が……オーサーなのか?

Count 05

修馬「だめだ死んでる」

拓将「まじかよ」

修馬「殺されたってことはこいつ、オーサーじゃなかったってことか」

波に揺れられる死体の顔を確認する。

修馬「疑って悪かった……遥輝」

浜辺に浮かんでいたのは遥輝の死体だった。
背中から心臓にかけて穴が空いていることが死因。
おそらくはボウガンの矢が刺さっていたのだろう。

拓将「おいおいボウガンって!オーサーは何種類凶器を持ってやがるんだ!」

矢の大きさからして重さ2kgを超える大型タイプで、飛距離も長い。
勉強したことがある。ミステリー研究サークルに入っていてよかったと、この時ばかりは思った。

しかし、こんな見通しのいい浜辺で狙われたらひとたまりもない。一刻も早く身を隠したかったが、俺はどうしてもあれを確認したかった。
そう、遥輝の手の甲だ。

修馬「4か」

遥輝が、4だった。

修馬「海水に浸かっていた影響ではっきりとは断定出来ないが、死後硬直の具合から推測すると殺されたのは1時間内とかじゃない。
つまり少なくとも……」

拓将「少なくとも?」

修馬「確実に樹菜の死よりは前だ。
となると、オーサーはカウントダウンをやめてなんかいなかったということだ」

拓将「ま、まじかよ」

修馬「ああ、俺達が4の遥輝が殺されていたことを知らなかっただけだったんだ」

カウントダウンは続いている……
5の次は3ではなかったんだ。
つまり、これは……

……これは……

俺は誰がオーサーかわかってしまった。

修馬「……た、拓将?」

チラッと拓将に目をやる。

拓将「……」

拓将は返事をしない。
じっと俺を見つめている。

ただ、いつのまにか手にはナイフがあった。

修馬「……」

その様子に俺はハンマーを静かに握る。

拓将「……ふふ、はは。ははは!」

笑ったかと思った拓将の形相が鬼のように切り替わる。

俺は咄嗟に後ろへ飛ぶ!

拓将「死ね!!」

一閃。かすめた頬から血が舞った。

修馬「拓将……!」

大きく伸縮する肺で辛うじて発声する。

修馬「お前が……まさかお前が、オーサーだったとは」

拓将は無表情で立ち尽くす。

そして……

拓将「あはははは!!」

高笑いし始めた。
しかし、それもピタリとすぐやめる。

拓将……まさか、まさかお前が!

修馬・拓将「いい加減、演技はやめろ!!」

……?
声が重なり、驚く。

拓将「うるせえ!いつまでも白々しいんだよ!修馬……いや、オーサー!!」

……俺がオーサー?混乱する。

修馬「な、何がだ!どういう意味だ!」

拓将「だから!遥輝が4で殺されていたなら、オーサーはお前だって言ってるようなもんじゃねぇか!!」

修馬「……は?何言ってんだ!」

拓将「俺は夜に遥輝を探し回った時、ビーチも確認している!その時は、ここに遥輝の死体なんてなかった!つまりその後に遥輝はここで殺されたってことになる!」

修馬「……そ、そうだな」

拓将「なら、心十郎が死んでから常に樹菜とは一緒にいた吹雪には遥輝を殺せないだろうが!」

そうなんだ。樹菜は最期に、吹雪とずっと一緒にいたと証言している。
つまり客観的に見て、吹雪は容疑者から外れたんだ。
それは俺も理解している。

拓将「そうなると遥輝を殺せたのは、あの夜に単独行動をした俺かお前だけだろ!
そして俺はやってないってことは……」

まさか……

拓将「お前しかいねぇじゃねぇか!」

まさか、俺と全く同じ推理を展開してくるとは。

修馬「バカ言え!その推理はお互い様だろ!俺だってやってないから、お前がオーサーじゃねぇか!」

拓将「そんな演技に騙されるか!お、お前じゃなきゃ誰が遥輝を殺せるんだよ!」

確かに……いない!
夜にアリバイがあったのは、樹菜の証言がある吹雪だけ。
夜、自由に動けたのは俺か拓将以外はいない。
やっぱり……こうなる。

くそっ!!
俺も拓将がオーサーになってしまう。

いや、しかし……
しかし何かおかしい!
こいつがオーサーには見えない。
何か見落としてるんじゃないのか?

修馬「拓将とにかく聞け!俺はオーサーじゃねぇ!
俺は部長殺しの時に吹雪と一緒にいたし、樹菜のコテージに爆弾をしかけるのも2人がいたから難しい筈なんだ」

拓将「あーそっか、なるほど。
やっぱり、そうだったのか」

修馬「……え?」

拓将「みんな勝手にオーサーは1人と決めつけていたが、本当に単独犯だったのか?……修馬と吹雪の2人がオーサーなら全てのつじつまが合うんだ!」

修馬「なんだと?」

拓将「いよいよフィナーレってことか!
残りは俺だけだもんな。
だがそうはいくか!
俺を最後に残したことを後悔させてやるぜ」

拓将がナイフを輝かせる。

修馬「や、やめろ!」

後ろに飛び、避ける。

拓将「お前らの思い通りにいくと思うなよ!」

ナイフを無茶苦茶に振り回す拓将。
全身から汗が吹き出る。

修馬「拓将!や、やめろ!やめてくれ!」

拓将「だまれ!殺される前に殺してやる!」

砂浜に足がもつれ、転んでしまう。

修馬「し、しまっ……」

拓将「殺してやるオーサー!うおおお!」

ナイフを高く上げる拓将に対し、目をつむる。

こ、殺される……!

ゴンッ!!

鈍い音が轟いた。

拓将「が……!」

拓将がよろめいた。
バタフライナイフが、手から落ちる。

な、何だ?何が起きた?

拓将「くそ……ふ、吹雪!」

吹雪「はあ、はあ」

拓将の背後には、バットを振り切った吹雪がいた。

修馬「吹雪?」

拓将が殴られた後頭部を抑える。
手のひらが赤く染まった。

拓将「て、てめえ……よくも!!」

拓将が吹雪につかみかかった!

吹雪「うっ!」

拓将「このくそ女!ぶっ殺してやる!」

吹雪の首を締め上げる。

吹雪「あ、うぅ……」

何で吹雪が?
拓将を殺そうとしたのか?
いやどっちかというと、今のは俺を助けに来たように見えたぞ。

拓将「うおおおお!」

ギリギリと嫌な音が鳴る。

吹雪「うぐ……」

でも、このままじゃあ吹雪は拓将にあっさり殺されてしまう。

やっぱり拓将がオーサーなのか?

いや、遥輝の手紙の内容では……
そもそも樹菜を殺しやすかったのは……
でも遥輝を殺せたのは……

混乱する。

オーサー……
どっちだ?
どっちかは絶対オーサーではない筈だ!
拓将か吹雪、どっちを信じればいいんだ?

吹雪「あ、あ……」

吹雪の抵抗が弱くなり、痙攣し始める。

拓将「死ね!!」

ハンマーを構える。心を決めた。

修馬「……くそお!!」

ゴンッ!!

拓将「がっ!」

拓将が砂浜に崩れ落ちる。
俺はハンマーで拓将を殴っていた。

吹雪「ごほっ……げほ」

拓将は気絶した。
そして首を押さえ、座り込む吹雪がゆっくり俺を見上げた。

吹雪「……しゅ、修馬」

修馬「はあ、はあ」

吹雪「……ありがとう」

涙目でお礼を言う吹雪。
それは幼少期から見慣れた光景だった。

Count 06

拓将のコテージの外。
コテージの窓際に2人並び座る。

あの後、一番近かったここに移動した。

外にいる理由はあの爆弾だ。
あれを見た直後にコテージの中に入りたいと思う奴はいないだろう。

拓将「……やっぱり吹雪がオーサーじゃねぇかよ」

空をぼんやり見つめる。
少しだが青を取り戻そうとしている。

拓将「俺達が樹菜のコテージを出てった後、吹雪はベッドで寝てる樹菜の目を盗んで爆弾を仕掛けたんだ」

永かった。
もうすぐ夜が明けてくれそうだ……

拓将「そしてコテージから出た時に、ポケットの遠隔スイッチで爆弾を起動した。
俺らだって危なかったんだ!
だってだぞ?吹雪と樹菜2人がいた時は爆発しなかったのに、樹菜1人だけになったら爆発するなんておかしいと思うだろ?」

……おいおい吹雪がオーサーなわけないだろ。
拓将はまた間違えているな。

拓将「修馬?……おいしっかりしろ!
樹菜まで死んで、幼馴染が殺人鬼だったなんてショックだろうが、生き残るためにも気をしっかり持てよ!」

修馬「……いや、すまん。でも遥輝がオーサーの可能性も消えたわけじゃないだろ」

そうさ、吹雪より遥輝の方が怪しいだろうが。あの怪しい手紙をオーサーの遥輝自身が書いた可能性だってある。

拓将「まあ、そうだな……いずれにしろもう4日目の朝だ。明日の朝には助けが来る」

修馬「ああ」

そう、あと1日。
あと1日耐えられれば、オーサーのシナリオから生きて帰れる。

修馬「オーサーか……」

拓将「ん?」

修馬「いやさ、そういやオーサーはカウントダウンの順番を破ったんだな」

拓将「確かにな。5の心十郎の次に3の樹菜だもんな」

そう、5の次が3……

修馬「樹菜が番号を露呈させたからか?
あれがあったから、もうカウントダウンなんてやめちまったのか?」

拓将「……俺はオーサーじゃねぇからわかんねぇよ」

修馬「くそ、だからって油断してた……
常にちゃんと守ってやれていれば。
本当にごめん、樹菜」

拓将「ちっ……」

また涙が出そうになるが堪える。

そうさ、堪えろ。
まだ終わってない。しっかりしろ!
拓将が言うことにそこだけは同意だ。

チラッと左を見る。

拓将「……」

拓将は森を警戒しているが、俺とも一定の距離をとっているようだ。

しかし、拓将……拓将か。
こいつがオーサーの可能性はないよな?

もし拓将がオーサーなら樹菜のコテージに爆弾をいつ仕掛けたという話になる。
遥輝を探しに行くと言い、単独行動をとった時なら可能か?
あの爆弾はコテージの中か外、どちらに仕掛けられてたかはっきりわからないしな。

……いや、そもそも拓将は人を殺す順番を始めから指定するような狡猾な殺人鬼像に当てはまらない。
要はそんなに賢くないんだ。

それに遥輝のコテージで出会った時、拓将はとても怯えていた。
あれが演技とは思えない。

そう、拓将はオーサーではないだろう。

ただ、5の次に3……
これだけが心に残る。

ある可能性が頭をよぎる。
もしこの仮説が正しかった時、オーサーは拓将ということになる……

俺の汗が地面に吸い込まれた。

まだ気を許してはいけない……

4日目、早朝
拓将のコテージ前
視点、拓将

俺は右の修馬をチラッと見る。

しかし、修馬……修馬か。
大丈夫だよな?
こいつはオーサーじゃねぇよな?

……いや、大丈夫だ。
こいつがオーサーなら、もう俺は殺されている筈だ。

ちょっと前の話だが……
サークル中に一度些細なことで俺がキレちまった時に、修馬に取り押さえられた。

こいついつも眠そうにしているが、腕は確かでたまに頭もきれることを知っている。

オーサーはカウントダウンをやめた。
つまり俺はいつでも殺されうる。
修馬がオーサーなら、今こうしている理由がない。
……だから大丈夫なんだ。

目を瞑り、息を吐く。
修馬はぼんやり空を見ている。

ちっ……
腑抜けになりやがって
もういざとなった時はお前しかいないのに、しっかりしやがれってんだ。

しかし対称的に俺が冷静になれてよかった。

遥輝のコテージで、修馬と再会した時の俺はかなり冷静さを失っていた。

……あの時、あんなものを見ちまったからだ。

みんなと別れ、一人で遥輝を探しにいった俺は、まず樹菜のコテージの近くに潜み3人の会話を盗み聞きした。

実は俺はあの時、修馬と吹雪両方がオーサーの可能性を考えていたからだ。

お互いにアリバイを立証し合ってたのもそれなら納得がいく。
もしそうなら樹菜が戦力外になった時点でら俺はいつでも殺される……
樹菜には悪いがああいう行動となった。

しかしその予測は外れていたみたいだった。3人は何も変わらず会話していただけだった。
俺は自分の予想が外れ、舌打ちしその場を離れる。

となると、俺は宣言通り遥輝を探すために島をくまなくまわった。

ビーチ、ロッジ、各コテージ、バタフライナイフ一本で、夜の闇の中探した。

そこで俺は気づく。

舞鈴のコテージに入ろうとした時に、矛盾を感じた。
舞鈴のコテージには鍵がかかっていた。

誰も鍵をかけるなんて言ってなかったし、しかも何故鍵をかける必要がある?

……遥輝なのか?

考えた末、窓を割り強引にコテージに入る。

そこで見てしまった。

めくれ上がったベッドの掛け布団。
そう、確かにベッドに寝かせていた舞鈴の死体がなくなっていた。

……何で、ない?

そこで思い出す。

舞鈴が幽霊になり夜にみんなを殺すという心十郎の話。

……震えた。
まさか本当に死んだ舞鈴が夜な夜な動き出し、ご丁寧に鍵をかけて人を殺しに出かけているというのかと。

走って逃げた。

外には舞鈴か遥輝が?
あの3人の中にはオーサーが?
もうどこに逃げればいいのかわからなかった。

そして、身を隠そうとたまたま入った遥輝のコテージで俺はあの手紙を見つけた。
そこで修馬と再会したのだった。

……今思い出してもゾッとする。
あれは一体何だったんだろうか……
何かの間違いであってほしい。

だが幽霊なんているわけない!
いるのは俺達を殺そうと企む異常者オーサーだ。

そうさ……吹雪。
必ずぶち殺してやる!

拓将視点 完

4日目、早朝
拓将のコテージ前
視点、修馬

空が青く見える。
……待ってたよ朝。

修馬「……?」

朝日に目を向けた時、俺はあるものを見つけてしまう。

修馬「……なあ拓将?」

拓将「ん?」

修馬「あれ……ビーチに何か浮いてるの見えるか?」

拓将「ああ」

修馬「なあ、あれ……人間じゃないか?」

Count 07

夜の闇を照らす赤いコテージ。

修馬「樹菜!」

拓将「おいおい、オーサーは爆弾まで持ってんのかよ!」

修馬「樹菜!おい、大丈夫か?」

扉に叫びながら、ドアノブを乱暴に回す。
開かない!

樹菜「げほ、げほ……修馬?」

修馬「樹菜、無事か?早く鍵をあけろ!」

ノブを振る。
いや違う!鍵はかけていなかった。
まさか、爆発でドアが曲がったのか?

樹菜「ああ、足が……立てない」

修馬「怪我したのか……よし、ドアから離れろよ」

俺はドアを思いっきり蹴る。
2回……3回と。
しかし開きはしない。

樹菜「あ、あつい……修馬!」

修馬「開かない!くそだめか」

拓将「おい、火がどんどんまわってるぞ!早くしねぇと」

そんなことはわかってる!
……そうだ!

修馬「窓だ!」

拓将「そうか、窓だな!」

ドアとは反対側の窓だ。走って回る。

修馬「……うっ、くそ!」

窓からは絶え間なく火が吹き出していた。

拓将「おい、まじかよ!これじゃあ近寄れねえぞ!」

逃げられないように巧妙に爆弾を置かれたようにしか見えない。

くそ!オーサー……!
窓の炎へ叫ぶ。

修馬「樹菜!ちょっと待てよ!今、何とかするからな!」

樹菜「あああ!火が!あつい!あついよおおお!」

もう一度、扉の方へ帰ってくる。

樹菜「うああああ!あつい!あつい!あつい!助けて!」

ドアノブを掴む。

修馬「あっつ!!」

もうこんなに高温に?
中の樹菜はどれほどの熱さなんだよ!
早く助けないと……

樹菜「死にたくない!助けて!修馬!修馬ああああ!」

聞いてられない樹菜の叫び。
もう一度扉を蹴る。
扉の隙間からまで火が漏れてくる。

修馬「樹菜!くっそぉ!」

靴に火の粉が移ってしまう。

拓将「おい、修馬!もう樹菜はダメだ!
下がらないと俺らまで焼けちまう!」

修馬「うるせえ!だまれ!
約束したんだ!守ってやるって!」

樹菜「いやだ!私、死にたくない!修馬!助けて!いやああああああ!」

拓将に羽交い締めにされ、無理やり樹菜から離される。

修馬「離せ!!樹菜あああ!!」

まばゆいコテージはガラガラと崩れ始めた。

その後、炎は長時間に渡り踊り狂った。
やがて火が消えたコテージは、今はもう崩れた黒い積み木のようになっている。
耳を塞ぎたくなるような樹菜の悲痛の叫びは、もうとっくに聞こえなくなっていた。

瓦礫の奥に、真っ黒な死体が埋まっているのを見つけた。

笑顔で手を振る仕草が可愛らしかったあの子は、左手首の外れた黒いマネキンのように見えた。

修馬「……」

“俺が守ってやる。約束だ!”

修馬「……うぅうう」

4人目の死者が出て、初めて泣いた。
約束を……守れなかったからだ。

拓将「おい、修馬」

修馬「ああ……行こう」

だがいつまでも感傷に浸れない。
まだこの惨劇は終わっていないからだ。

……吹雪がいなくなった。

この火事の最中に。

Count 08

修馬「なんだこれ、本当なのか」

樹菜「……え?うそでしょ」

樹菜があからさまに吹雪を警戒する。

拓将「どうだ?俺達は死ぬ順番が決まってて、次は誰だ?自分か?とびびってるが、この女だけは対象外だとよ!」

修馬「吹雪……」

拓将「何でだ吹雪?おら!」

拓将が詰め寄り、吹雪は首を振る。

吹雪「そ、そんなこと言われてもわかんないよ……私だってどうしてか」

拓将「おい樹菜!」

拓将が樹菜へ顔を向ける。

樹菜「あ……はい」

拓将「俺と修馬がいなくなったあともずっと吹雪といたのか?」

樹菜「う、うん」

拓将「何か怪しいことしてなかったのか?」

樹菜「……してなかったと思うけど」

拓将「殺されかけたとかは?」

修馬「おい、拓将!」

拓将「うるせぇ!」

樹菜は真剣な表情を拓将に向ける。

樹菜「何もされてない。
むしろ吹雪は何度も手の心配してくれたし、修馬が行った後もずっと傍にいてくれた。それは間違いない」

拓将の剣幕にも負けずはっきり言ってくれる。吹雪に感謝している気持ちは本物なのだろう。

拓将「……まあそうだろうな。よく考えりゃ樹菜はまだ殺される順番ではない。
それにこの状況で樹菜を殺しちまうと、誰が犯人か一目瞭然だもんな」

吹雪が眉をひそめる。

修馬「お前いい加減にしろよ!吹雪がオーサーなわけないだろう!」

拓将「は?何でだよ?」

何で?そんなの決まってるだろ。
だって吹雪だぞ?俺の幼馴染がオーサーなわけないじゃないか。

ただこれは残念ながら俺の主観だ。
こんな時、部長だったら冷静に……
そ、そうだ。部長だ!

修馬「吹雪は部長殺しの時にアリバイがあるだろ!」

拓将「お前と寝てたってやつか?」

修馬「あ、ああ……そうだよ。
お前だって朝見ただろうが!」

拓将「一緒に寝始めただけだろ?
……忘れたのかお前?」

修馬「な、何がだ?」

拓将「オーサーは睡眠薬を持ってたんだぜ?あの日、お前も睡眠薬を飲まされてた可能性は?寝てる間に常に吹雪が横にいたという証拠はあるのか?」

修馬「……そ、それは」

言い返せない。
拓将……侮ってた。こいつ結構考えてる。
命懸けの状況だ。いつまでも馬鹿な奴なんていないんだ。

拓将「決まりだろ」

拓将はバタフライナイフを出し、吹雪へ歩む。

吹雪「えっ」

拓将「問いつめてやる」

樹菜「いや!」

拓将は吹雪の腕を掴む。

樹菜「え?何しようとしてるの?
や、やめてよ!」

拓将「まだ殺しやしねぇよ!来い!」

吹雪「い、痛い!離してよ」

拓将はそのままコテージの外に引っ張り出そうとする。

拓将「抵抗すんな!」

吹雪「うう……」

修馬「おい!やめろ!
樹菜。とりあえず拓将を説得するから、鍵を開けて待っててくれ」

樹菜「う、うん」

樹菜のコテージの前。

拓将「何でみんなを殺した?」

吹雪「わ、私じゃない!」

拓将「ならオーサーじゃない証明を具体的にしてみろ!」

吹雪「ぐ、具体的に?」

拓将「出来ないならお前がオーサーだ」

吹雪「そ、そんな乱暴だよ」

修馬「まず証拠が不十分過ぎること」

吹雪を掴む拓将の腕を掴み、言う。

そうさ、みんなこんな状況なら死ぬ気で考える。それは俺も同じだ。

拓将「あ?」

吹雪「……修馬」

修馬「拓将、お前が言ってるのは全部推測だろ?吹雪に証拠を要求するなら、お前も証拠を見せろ」

拓将「あ?証拠はこの手紙だ!」

もうぐしゃぐしゃになった手紙を乱暴に突きつけられる。

俺はもう一度冷静に手紙を見て答える。

修馬「その手紙、遥輝が書いたって証拠は?遥輝の筆跡じゃないとは言わないが、筆跡を隠そうとしてるような書き方に見えないか?
遥輝が信じてもらうために書いた手紙なら、何故筆跡を誤魔化そうとするんだ?」

拓将「ぐ……」

手紙を確認し、唸る拓将。
……まだだ。

修馬「もしオーサーが内部分裂のために用意した罠ならば、まさに今はその術中だぞ」

拓将「くっ」

修馬「むしろその手紙に犯人だと書かれている吹雪は最も犯人ではないだろう。
……わかったら、吹雪を離せ」

吹雪「修馬……」

吹雪の目に涙が溜まりかけている。
心配するな。濡れ衣を晴らしてやるから。

拓将「でも」

修馬「でも何だ?吹雪がオーサーだって証拠はもうないじゃないか……」

突如、雷のような発光がしたと思うと、爆音と熱風が俺たち3人を押し倒す。

修馬「な、なんだ!」

振り返ると、樹菜のコテージが猛火に包まれていた。

吹雪「う、嘘。まさか……爆弾!?」

拓将「おい……ま、まだ中には樹菜が」

修馬「そんな……樹菜!」

Count 09

修馬「はぁ、はぁ」

どこから、オーサーなる者が狙っているかわからない。
暗い夜道を慎重に進む。
汗ばむ右手にはハンマー。武器はこれだけだ。
道の脇には幾重にも並んだ木が不気味に揺れている。
月明かりの下に見えるビーチは真っ黒だ。
初日に8人で楽しく遊んだビーチとは到底思えなかった。

修馬「……さて、ついた」

遥輝のコテージ。
依然、明かりは点いていた。
まだ明かりを点けた者はいるのか?

修馬「ん?」

どうやらドアには鍵がかかっていることがわかる。

朝、遥輝失踪時にはこのコテージは空いていたらしい。
つまり開いていた鍵をかけた者がいるということ。
……そう、今この中に。

修馬「……ふう」

一息入れ緊張をほぐし、窓の前に立った。

修馬「せーの!」

ハンマーで窓を叩き割った!
ものすごく派手な音。島中に響いたんじゃないだろうか。

窓を開き、中を確認する。

修馬「おい!遥輝!いるのか?」

拓将「だ、誰だ!!」

中には、こちらにナイフを向ける拓将がいた。

修馬「な、何だ拓将か……
よかった無事だったんだな」

拓将「……」

拓将はポケットにさっと何かを隠した。

修馬「拓将?今、何を」

拓将「近寄るな!」

修馬「……拓将?」

拓将「こ、この島は狂ってる!」

拓将はガタガタと震えている。

修馬「どうした拓将?あのあと何があったんだ?」

拓将「……まさか本当だったとは」

修馬「拓将?どうしたんだ!遥輝はいたのか?」

拓将「ああ?遥輝なんていなかったよ。しかもそれだけじゃない」

それだけじゃない?
何だ、それだけじゃないって?
動転してる拓将に俺も焦り始める。

拓将「一体何が起きてるんだこの島で」

頭を抱えて、震え続ける。

修馬「だから何があったんだよ!拓将!」

拓将「そ、そうだ!吹雪はいるか?」

修馬「吹雪?ああ、ずっと樹菜のコテージだ」

拓将「そうか……」

拓将の目が急に鋭く変わる。
そして遥輝のコテージから飛び出し、走り始める。

修馬「おい、拓将!何があったのか説明しろよ!」

拓将「わかったんだ!オーサーの正体が」

走りながら振り返る拓将。その言葉に驚いた。

修馬「なに!とにかく待て拓将!」

追いかける。
拓将の向かった先は、樹菜のコテージだった。

拓将「はぁ、はぁ……
おい!ここを開けろ吹雪!」

乱暴に扉を叩く拓将。

修馬「拓将!」

拓将「早く開けろ!」

中から音が聞こえない。
え?おい、大丈夫だよな?

修馬「吹雪!樹菜!大丈夫か?」

吹雪「……修馬?」

吹雪の声がこもって聞こえた。
安堵の息を吐く。

修馬「吹雪!確認してきた。
遥輝のコテージにいたのは拓将だった。
とりあえず開けてくれ」

吹雪「わかった。開けるね」

中に入る。そこには……

樹菜「修馬!」

ベッドの樹菜。
はあ、よかった。

修馬「2人とも無事だったか」

吹雪「うん、拓将も無事でよかった」

拓将「おい吹雪、お前今ポケットに何か隠しただろ?」

吹雪「えっ?」

ポケットに手を入れている吹雪。
おいおい、こっちもか。

拓将「出せ」

吹雪「えっ、な、何で?」

拓将「出せこら!」

吹雪に歩み寄る拓将。

吹雪「……や、やめて」

修馬「こら!いい加減にしろ拓将!
お前さっきからおかしいぞ!」

拓将はピタリと動きを止める。

修馬「それにお前だって、さっきポケットに何か隠しただろ!……さっきから聞いてんだろが!一体何があったんだ?」

拓将「はっ!じゃあ見せてやるよ!ほら!」

拓将のポケットからは手紙のような紙が1枚出てきた。

修馬「何だこれ?」

拓将「これは遥輝のコテージに隠してあった手紙だ!読んでみろ」

何?遥輝の手紙だと?
俺は全員に聞こえるように読み上げる。

修馬「……遥輝より。
これを読んでいるあんたが、この事件の犯人じゃないことを祈る。
俺は確かにみんなの手の甲に、それぞれ数字を刻印した。
多分今後、舞鈴以外にもまた誰か殺されていくんじゃないだろうか?俺はそう思っている。
その時に、真っ先に犯人と疑われるのはみんなに数字を押した俺だ。

オーサーにハメられた。
俺は舞鈴を殺してなんかいない。
信じてほしい。

俺は一度姿を隠す。
数字を押した俺は怪しくもあり、オーサーに狙われやすい位置なんだ。わかってほしい。
そして俺は俺で、こんな目に遭わせたオーサーを追い詰める。

だがもし俺を信じてくれるなら、俺がオーサーと推理している者が誰か伝えよう。

信じるか信じないかはお前ら次第だ。

舞鈴の死体を見つけた日、俺は全員に数字を押したと言ったが実はあれは正確には違う。
使ったスタンプは実は7つだ。
俺は自分にもスタンプを押したから、8人いる俺達の中に1人だけスタンプを押すことを指示されなかったやつがいる。

カウントダウンの対象外。
そいつが犯人の目星。

そいつの正体は、夜桜吹雪なんだ!

俺は吹雪の手の甲には何もしていないんだ。
これだけは本当に信じてほしい。

Count 10

修馬「拓将大丈夫かな?」

吹雪「うん……」

修馬「もう3時間は経ったぞ」

吹雪「……うん」

修馬「遥輝は見つかったんだろうか」

吹雪「……」

あれ?吹雪?
何かずっと真剣に考えている。

修馬「吹雪?」

吹雪「……ねぇ修馬」

目が合う。

修馬「なんだ吹雪?」

吹雪「どうしてオーサーは、殺す順番をカウントダウンしているのかな?」

……たしかに。気になるところだ。
俺も考えたこと。吹雪には答えがあるのか?

修馬「……さあな。わからない。
ただあるとすれば、動機に関わってるのかもしれない。生き残りに絶望与えるとかな」

吹雪は俺の顔をじっと見てる。
相槌はない。吹雪は別の意見があるのか?

吹雪「舞鈴、部長、心十郎って順番。
私さ、思うんだけど……」

樹菜「あ……なんだろあれ?」

窓の外の夜を眺めていた樹菜が言葉を漏らす。

修馬「どうした樹菜?」

吹雪「……」

樹菜「見て、あれ」

吹雪「なに?」

遠い闇の中に、光が灯っていた。
それはひとつのコテージの窓から発している。

樹菜「あの……さっきまで暗かったから、今点いたんだと思う」

修馬「誰かいるってことか。
あれは、誰のコテージだ?」

樹菜「確か……遥輝くん」

吹雪「まさか!遥輝が帰ってきたのかな」

修馬「いずれにしろ、誰かいるな」

本当に遥輝が帰って来たのか?
正直わからない。
俺は考える。そして結論を口にする。

修馬「……よし、俺見てくるわ」

吹雪「えっ、やだよ!」

樹菜「……一緒にいてよ、修馬」

修馬「心配すんな二人とも。すぐ帰って来て、守ってやるから」

吹雪「いやいや!修馬だって危ないって言ってんのよ!」

確かにそうだ。ただ……

修馬「順番を知っているかもしれない遥輝。あいつは犯人であろうが、そうじゃなかろうが俺らより情報が多いんだ。
やっぱりもう一度ちゃんと話がしたい。
これは、その最後のチャンスかもしれないんだ」

吹雪「そ、そうだけど……」

修馬「30分!きっちり30分で帰るから」

吹雪「……」

吹雪は黙る。斜め下を睨んでいる。

修馬「あ、吹雪?」

吹雪「……修馬のきっちり30分なんかあてになんないよ。時間守れないくせに」

ボソボソ言っている。

修馬「……なんか言ったか吹雪?」

吹雪は唇を尖らせている。
スネているのか?……何で?

修馬「吹雪……何スネてんだ。お前には樹菜を守ってもらいたいんだけど駄目なのか?」

吹雪「……」

急にどうしたと言うのか?

修馬「吹雪、ここから生きて一緒に帰るためだ。わかってくれ」

吹雪「……それ約束?」

吹雪「ああ、約束だ」

この言葉に吹雪の表情は緩む。

吹雪「……うん、わかったよ」

修馬「よし!じゃあ鍵をしっかりかけて、俺が帰って来るまで絶対開けるなよ」

吹雪「うん……でも絶対!絶対帰ってきてね!」

修馬「当たり前だ!そう簡単に死なねえよ俺は」

吹雪「……うん、気をつけて」

修馬「じゃあな!鍵かけろよ!」

俺は闇の中へ、走る。

3日目、夜
樹菜のコテージ
視点、樹菜

樹菜「……行っちゃったね」

吹雪「……うん」

樹菜「大丈夫かなぁ」

吹雪「……」

修馬の出て行った扉を見つめる吹雪。
その吹雪の背中を私は見つめる。

修馬がいなくなることがよっぽど不安なのだろうか?

樹菜「あ、あの?吹雪?」

吹雪「……はあ、昔からなのよ修馬は。自分勝手で、面白くないし、時間守んないし、いっつも自分が正しいと思ってて、人の話なんて聞かないんだもん」

吹雪が扉に鍵をかける。

樹菜「さすが幼なじみだね」

吹雪「……うん」

樹菜「どれくらいの付き合いなの?」

吹雪「どれくらい、かな?」

吹雪は振り返る。考えるそぶり。

樹菜「……いつから好きなの?修馬のこと」

吹雪「えっ!何で知ってるの?」

まじまじと見つめられる。

樹菜「あ、えっと……部室でプレゼントの話をしてるの聞こえちゃって」

吹雪「うそ……恥ずかしいな」

樹菜「恥ずかしがることないよ」

吹雪「うぅ……」

困っている吹雪。相変わらず可愛い。
私は迷った末、言ってしまう。

樹菜「だって、私も……私も修馬のこと好きなんだから」

吹雪「えぇ!本当?」

樹菜「うん。最近気付いたんだけど」

吹雪「えー、じゃあライバルじゃん私達」

樹菜「ふふ、そうだね」

吹雪「はは」

気まずい沈黙。それを私が破る。

樹菜「……私ね」

吹雪「ん?」

樹菜「みんなのことも大好きなんだ」

本心だ。
自分の顔は今、赤いだろう。

吹雪「……うん」

樹菜「なのに……たまに自殺したくなる時があって……」

吹雪「えっ!そうなの?」

樹菜「あ、うん……あの、私実は鬱病で。
よく風邪で学校休んでたでしょ?あれ実は、病院とか行ってて……」

吹雪「そうだったんだ」

樹菜「みんなと一緒なら幸せなのに、少しでも嫌なことがあればすぐ死にたくなってさ……」

涙が溢れる。

樹菜「でも私、はっきりわかったの」

吹雪「何を?」

樹菜「……私、本当は死にたくなんてなかった……」

吹雪「樹菜…」

樹菜「ただのわがままだった……私、みんなと生きていたかった」

胸いっぱいの感情。涙と共に溢れてしまう

樹菜「ううう」

私は布団をかぶり、涙を隠す。

3日目、夜
樹菜のコテージ
視点、なし

布団に埋まる樹菜。
それに対し、吹雪は目をつぶった。

そしてその目が再び開いた時。
スイッチが切り替わったように冷たい目で樹菜を見下ろしていた。

そしてそのまま樹菜へゆっくりと近寄る。

樹菜はその様子に気付いていない。

そして吹雪はポケットの膨らみへ、静かに手を伸ばした。

Count 11

3日目、夜
樹菜のコテージ
視点、樹菜

初めの一回目から特に大きな理由なんてなかった。

学校もしくはプライベートで少し……
ほんの少し、心を病むようなことがあれば、夜に自分の手首をカッターでなぞる。

浮き出る小さな傷痕。
数滴の赤い血。

これを見ると不思議と少し元気が出た。

性格は大人しく過度な人見知りだと思っていたが、私は鬱病なんだとお医者さんに言われてしまう。

ああ、そう。
なら自分なんていつでも死ねばいい。
死ぬ時は、いつか自分が決めよう……
そう思っていた。

でも……

近づく本物の死のカウントダウン。
これに私は心の底から恐怖してしまった。

この旅行の前の話。
半ば諦めてるお医者さんと会った後、重い足取りでミステリー研究サークルの集まりへ向かう。
部室に入ろうとした時のこと。

吹雪「プレゼント、本当にこれでいいかな?」

舞鈴「あーいいじゃない!
修馬こういう小洒落たの好きそうだし、幼なじみのあんたが選んだんだから間違いないって」

吹雪「う、うん」

何の話?
気配を殺す。
何故か話を盗み聞いてみたくなる。

舞鈴「自信持ちなって。修馬もあんたのこと、多少なりとも好意を持っているからさ」

吹雪「ほ、ほんと?」

舞鈴「うん、そのうえ旅行の雰囲気で気持ちを伝えればまず成功するって」

吹雪「……ちゃんと言えるかな」

舞鈴「最悪、頭真っ白になってもいいように紙に書いときなさい。がんばんなよ吹雪!私がついてるし大丈夫」

ああ、そうか……
吹雪が修馬のこと好きなのは知ってはいたけど、ついに告白するんだ。

私は脚を反転させ、1人になれるところへ。

そしていつも一応持ってるカッターで左手首を血が出るほどなぞる。

ああ……
どうしてだろ?

何で吹雪が修馬に告白するって知ったら、嫌な気持ちになったんだろ?

大好きな友達だし応援するべきなのに。

“樹菜、どうした?体調悪いんじゃないか?”

修馬の優しい声が頭に蘇る。

まさか私……
私ももしかして……

樹菜「ん……」

ゆっくり目を開く。
何で急にあの時の夢を見たんだろ……

ぼんやりと写る天井。
……ここはどこだっけ?
私何してたんだっけ?

そこへ吹雪が顔を覗き込んできた。

吹雪「樹菜……目は覚めた?」

吹雪……何で?
……あ、そっか。

全て夢だったような錯覚がした。
左手から登ってくる尋常じゃない痛みで、現実に引き戻される。

そうだった……
私もう左手、ないんだ……

リストカットの延長のような感覚で左手を切り落としてしまった。
一瞬涙がこぼれそうになる。

そして鮮明に思い出す仲間の死に様。

大人しい私はみんなを後ろから見てるだけ。みんななかなか気付いてくれないだろうが、私はこのサークルのみんなが本当に大好きなんだ。

なのに、何で……

死へのカウントダウン。どれほど呪ったことだろうか。

私はただ、みんなとずっと一緒にいたかっただけなのに……

結局、涙はこぼれてしまう。

吹雪「修馬、樹菜気がついたよ」

修馬「そうか……樹菜大丈夫か?」

急いで涙を拭う。
吹雪に並び、覗き込んでくる修馬

修馬……

こんな状況なのに、その顔に少し鼓動が高鳴った。

修馬……
気づいてないよね?
……私もあなたが好きなんだよ。

樹菜視点 完

3日目、夜
樹菜のコテージ
視点、修馬

修馬「手……痛まないか?」

樹菜「痛いけど……大丈夫だよ」

修馬「悪いな。こんな状況だからちゃんとした治療は出来ていない。手を尽くしてくれた吹雪にお礼言わないとな」

樹菜「吹雪……ありがと」

吹雪「ううん……熱も少しあるみたいだし、ゆっくり休むべきかな」

樹菜「うん……」

樹菜は、不安そうに何かを考えているように見える。

修馬「どうした樹菜?」

樹菜「私の手……私の手首」

そうだよな。そこが気になるよな。

樹菜「あの……何か数字は書かれてた?」

言うべきか迷う。吹雪と目が合い、正直に言うべきだと判断し、口を開く。

修馬「……ああ、数字が出たよ。3ってな」

樹菜「さ、3……
じゃあ次の次は私ってこと?」

修馬「ああ……まあただ次の4ではなくてよかったな」

下らない気休めを言ってしまう。
案の定、樹菜は震え始めた。

修馬「だ、大丈夫だ樹菜!」

樹菜「……な、何が?」

修馬「変な言い方だが、逆に言うと4が見えるまでは安全ってことだ。
それにもし樹菜の番になったとしても、今回はオーサーが狙ってくることがわかってるんだ。殺させやしないよ」

樹菜「……ほんと?」

修馬「ああ、俺が守ってやる。約束だ!」

樹菜「……あ、ありがと。嬉しい」

何故か笑顔のまま泣く樹菜。
問題は解決してないのに、今の俺の言葉がそんなに嬉しかったのか?

3日目、夜
樹菜のコテージの外
視点、???

樹菜「……あ、ありがと。嬉しい」

気付かれないようにこっそりと……
コテージの中の修馬、吹雪、樹菜の会話を盗み聞く。

???「……なるほど」

3人には聞こえないように小さく舌打ちをした。