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修馬「説明するにあたって、先に確認したいことがある」

樹菜「なに?」

修馬「吹雪の右手の近くの地面。
あそこにはもともと何か書いてあった。
それをお前消しただろ?」

樹菜「うん、ダイイングメッセージだと思ったから」

修馬「ああ。ただ実はメッセージはもう1つあった」

樹菜「それが右腕の字ってわけね」

修馬「普通に考えれば、地面にメッセージを書いてもオーサーであるお前に消されてしまう。だから吹雪は、一度地面に書いた文章をダミーとした。そしてその中で重要な部分を右腕に転写し、お前から見えないように地面側に隠した。
そして俺ならきっと吹雪の死体を見たら抱き上げる。そうなると初めて見えるような仕掛けをうった」

樹菜「うん、仰向けで倒れてたし気付かなかったもん。
でも転写ってことは、直接書いた文字じゃなかったんだ」

修馬「ああ、そもそも字を書いたのは右手の指でだ。左手には血がついてないからな。
右手の指で、右手首から肘にかけて文字はかけないだろう?だから転写だと気付いた」

樹菜「ふーん、なるほど。
でも転写ってことは……」

修馬「そう左右対称になっているということだ。加えて俺はひとつ勘違いをしてしまった」

樹菜「勘違い?」

修馬「ああ、俺は横から吹雪を抱き上げたからそう見えてしまったが、これは横書きじゃない。縦書きだったんだ」

樹菜「なるほど……」

修馬「向きが違う。だから筆跡が違うように見えたんだ。つまり“ヨヨ<リマ”を縦向きに読み、かつ左右対称にすると……」

樹菜「“出会”という漢字2文字になる」

修馬「そういうことだ」

樹菜「そこまではわかるよ。
でも何で“出会”が、私をさすの?
そこがわからないって言ってるんだけど」

修馬「前提としてこれは俺に向けたメッセージだ。だから俺と吹雪の出会いについて考えればいい」

樹菜「ふーん、出会った頃の思い出の中に私を指すものがあるってこと?」

修馬「まさか。出会ったのどれだけ昔だと思ってんだよ!中身まで鮮明に覚えてるわけないだろ。それは吹雪も同じだろう。
だからこれは時期を指しているんだ」

樹菜「時期……つまり、年齢?」

修馬「ああ、俺達の出会いは3才の頃だ。……そう3才。吹雪が伝えたかったのはこれだ。3という数字」

切断されて転がった手首。
生々しく浮かんだ数字を思い出す。

修馬「どうだ?オーサー。
自分の書いたものを利用された気分は?」

樹菜「……」

眉間に皺を寄せている。
悔しそうだった。

修馬「お前の負けだよ。オーサー」

樹菜「……そう、だね。
残念だよ、あなただけ殺せなくて」

不敵に笑う殺人鬼。

修馬「最後にひとつ教えろ」

樹菜「なに?」

息を飲み、問う。

修馬「吹雪は……吹雪は最期に、何て言っていた?」

言葉が震える。
涙が……我慢していた涙が溢れそうだった。

樹菜「……ふふふ。
あのね、ボウガンさ。
実は持ってはいったの」

修馬「は?」

樹菜「修馬が眠った後に吹雪の前に堂々と姿を現した時の話だよ。
確かに使えはしないと思ってたけど、脅しの武力には十分だった。
眠っている修馬を打ち殺されたくなければ、バットを捨ててロッジの外に出ろって」

胸が苦しくなる。

修馬「それで?吹雪は言うことを聞いたのか?」

樹菜「うん、勿論。
その時に私をいつから疑ってたかとか聞いたの」

修馬「で?それで?
吹雪は最期に何て言ったんだって!」

樹菜「……」

樹菜は答えない。
少し笑みながら、目線を逸らす。

修馬「答えろ!樹菜!」

樹菜「……うん。
“どうして、みんなを殺したの?”って」

……。
……吹雪らしい。
言われてみれば、確かに吹雪はそう言うだろうという確信がある。

“誰だって何かしら抱えて生きている。意見が合わなくても、喧嘩になっても、傷つけられても、相手の隠れた行動理由さえ理解してあげれれば、被害者と加害者だって分かり合えたかもしれないよ”

かつてサークルで話していた吹雪の言葉を思い出した。

樹菜は、まだ笑みが消えていない。

でも……でも吹雪。
こいつに理由になんてあるのだろうか?
一体どんな理由があれば、みんなやお前を殺したことに俺は納得出来るんだろうか。

こいつはただ、自分の作品への承認欲求でオーサーになったんじゃないのか!

樹菜「そうそう。吹雪の最期に言った言葉は今伝えた内容だけど、地面に書いた文字があったよね。
そういう意味では、あれが最期の言葉だったのかな?」

何?ダイイングメッセージじゃなかったのかそれは?

修馬「何て書いてたんだ?」

樹菜「まあ順番に話させててよ!
……拓将がまだ生きてるって話を吹雪から聞いてたから、すぐに拓将のとこへ行ったんだ。修馬が起きる前に片付けておきたかったから」

修馬「……」

樹菜「てかさ、拓将は可愛かったよ。
“お前は、死んだ筈じゃ?”とか言っちゃてて。あはは。まあ叫ばれたりしても困るから吹雪のバットで何回か殴ってすぐ殺したんだ。結構大きな音がしちゃって修馬が起きちゃったか焦ったけど、あなたの寝起きの悪さに感謝したのはこの時が初めてだったね」

修馬「……」

樹菜「で、もう一度吹雪のところへ戻ってみると吹雪は死んでたんだけど、地面の文字があったってわけ。
ダイイングメッセージかと思ってすぐ消したんだけどねー」

修馬「……い、いい加減にしろ!
俺は何て書いてあったか聞いてんだよ!」

樹菜はニッと口を結ぶ。
その口がゆっくりと開いていく。

樹菜「……ふふ。
“初めて出会った当初は、修馬のことどっちかというと嫌いだったのに”って書いてたよ。あはは、本当だよ」

……。

地面が涙を吸っている。

自分の意思とは関係なく、ずっと吹雪との思い出がフラッシュバックし続けている。

吹雪……

誰よりも、泣き虫だった。
誰よりも、馬鹿だった。
誰よりも、賢い時があった。
誰よりも、優しかった。
誰よりも、俺のことを好きでいてくれて……
そして誰よりも、好きだった……

吹雪……

吹雪に会いたい。
すぐに抱きしめて、もう今度は絶対に離さない。

やっと思いを伝え合った。
樹菜の腕を掴む俺の左手。血のついた腕時計は孤独に虚しく時を進めている。
吹雪と俺は、これからだったのに……

どうして……

どうして……こんなやつに殺されなきゃいけなかったんだ!!

吹雪は、こいつの狂ったミステリーのキャラクターなんかじゃなかった……!

樹菜「……ふふ、くひ!
あれ?泣いてるの修馬?」

“誰だって何かしら抱えて生きている”

樹菜「泣いたって吹雪は返してあげないよ?」

“意見が合わなくても、喧嘩になっても、傷つけられても……”

樹菜「むしろいつもベタベタ鬱陶しかったから、死んで丁度いいんじゃない?
……うんうん、そうだよ!いつまでも修馬の側にいれるだろうって考えがそもそも甘いんだよ!」

“相手の隠れた行動理由さえ理解してあげれれば……”

樹菜「修馬だってこんな状況にならなきゃ、あれに対して別にいつもと変わらなかったんでしょ?」

“被害者と加害者だって分かり合えたかもしれないよ”

樹菜「むしろ私の作品で、お互い気持ちを伝え合えたことにお礼言ってほしいくらいなんだけど。あははは!」

怒りに震えた。
ナイフがガタガタと連動する。

樹菜「あ!そうだ!
修馬、そのナイフ返してよ!

……私が、吹雪のところへ送ってあげるから、さ」

怪しく微笑む樹菜。
悪魔のよう……いや、悪魔だこいつは!

俺は樹菜を掴んでいた手を離し、ナイフを両手で強く包み込む。

樹菜「ほら、早く。
修馬は吹雪と会いたい。
そして私は自分の作品を完成させたい。
これはウィンウィンだよね。
さあ、ナイフを渡して……」

樹菜がニコニコと一歩近寄る。

俺は覚悟が出来ていた……

俺はナイフを……