Count 12

樹菜のコテージへ着く。

拓将「すごい血のにおいだな」

修馬「吹雪……樹菜の容体どうだ?」

ベッドで眠る樹菜。
脇で救急箱を広げる吹雪。

吹雪「とりあえず止血はしたよ。
今は命に別状はなさそうだけど手首がない状態のままだから、一刻も早く医者に見せないと……」

拓将「そうか……」

今は……か。
額に汗が浮かび苦しそうな樹菜。
たまにうなされている。

拓将「樹菜……バカなことしやがって」

バカなことだ。しかし……

修馬「ただ樹菜のこの行動は大きなヒントになった」

拓将「あ?」

修馬「いいか?オーサーは、本来3の順番の時に樹菜を殺す予定だった。しかし今その情報が漏洩した」

拓将「だからなんだ?」

修馬「次に殺されるのは4の数字を持つ者。なら樹菜はまだ殺されないし、殺される者が誰かわかっていれば守ってやることができる」

拓将「……そうか」

修馬「ここまでカウントダウンを完璧に進めてきたオーサーなら、殺す順番を守ってくるはず。なら樹菜を守り抜くことは、カウントダウンを進ませないということで、俺たち全員を守ることにも繋がると言っていいんじゃないか」

吹雪「修馬……ちょっとひどいよ」

修馬「え?」

吹雪「まるで樹菜が手首を切ったことを好都合みたいに言ってる。樹菜はもう二度と本も読めないかもしれないってのに……」

驚く。吹雪が俺を否定してくるのは珍しい。

拓将「いや、でも確かに修馬の言う通りだわ」

拓将の肯定が入る。

拓将「何にせよ樹菜の行動は、オーサーのクソ野郎からしたら計算外の事態だ。まだ殺してないやつの番号の判明なんて、透明の数字の意味がなくなるからな」

吹雪「……確かにそうだけど」

拓将「今まで誰がターゲットかわからないことがストレスになっていたが、誰を狙ってくるかわかってるなら、返り討ちにしてやれるだろ」

吹雪は俯く。

吹雪「……でもひとつ問題は残るんじゃない?」

拓将「は?なんだよ?」

吹雪「樹菜が3。そしてとりあえず行方不明の遥輝がオーサーだと仮定したとしても……」

拓将「ああ」

吹雪「私、修馬、拓将の3人の数字は、1、2、4のどれかってことになるよね?」

修馬「そうだな」

吹雪「結局誰かわからない4の人が殺されてから初めて実行出来る作戦になるなって思っただけ」

修馬「確かに……」

全員黙る。
この3人から1人欠けたとしたら、2人になるということ。果たしてそれで樹菜を守り切れるのだろうかと不安になる。

拓将「はあ、埒があかねぇや。結局次は誰だってビクビクは変わらねぇ。
……俺がケリをつけてやるわ」

修馬「拓将?」

拓将「今言ってた樹菜を守る作戦はとりあえずお前らでやればいい。俺は今からこの島のどこかに隠れてる遥輝を探してくる」

また突拍子もないことを言い始めた。

修馬「……探してどうするつもりだ?」

拓将「あいつは実際に俺達に数字をつけた張本人だから、あいつを捕まえて問い詰めりゃ自分の数字がわかるかもしれねぇ」

修馬「でもあいつ自身がオーサーの可能性は高いだろ!」

拓将「それこそ好都合さ……その時は俺があいつを殺して終わらせてやるよ」

バタフライナイフを見る拓将の瞳に身震いする。本気のようだ。

拓将「それにな、樹菜が3ってわかったことはひとつの情報だが正直俺は焦ったぞ」

修馬「な、何が?」

拓将「俺が次の4の可能性が上がったわけだし、それに俺から言わせれば修馬と吹雪は………」

そこで何故か言い澱む拓将。

修馬「俺ら2人が?」

拓将「……何でもねぇよ」

何だ?何が言いたかったんだ?

拓将「じゃあな」

拓将は樹菜のコテージから出ていってしまった。

Count 13

心十郎の死体はそのままにし、毛布をかけリビングへ戻った。

拓将「なあ、あいつ薬なんかやってたの知ってた?」

修馬「いや。だがさっき言ってた舞鈴の話は、きっと薬のせいで幻覚でも見たんじゃないか」

拓将「なるほど。だよな」

樹菜「そ、そうだよね……うっ、うぅ」

さっきから樹菜はずっと泣いている。

修馬「大丈夫か樹菜?」

樹菜「うぅ……」

樹菜へ近づく。

修馬「樹菜。大丈夫だから、おちつ……」

樹菜「来ないで!」

樹菜は持っていたかばんからナタのような物を俺に向けた。

吹雪「修馬!」

修馬「な、何だそれ」

カタカタ光るナタと血走る瞳。
かなり驚いた。
大人しい樹菜がこんなものを向けてくるなんて。

樹菜「はぁ……はぁ……」

修馬「じゅ、樹菜……
そんなもんどこから持って来たんだ」

樹菜「そ、倉庫にあった……
みんなが部長のコテージにいる間に見つけた……」

修馬「だ、だからってお前な……」

拓将「いーや……樹菜は正しいぜ」

背後から反論される。

修馬「なんだと?」

振り返ると拓将はバタフライナイフを指で回していた。

拓将「お前、誰がオーサーか考えてるか?遥輝がもしオーサーじゃなかった時、容疑者はこの部屋にいる4人だぞ?……もう誰がオーサーかわからねぇからな」

修馬「拓将……」

吹雪「樹菜……」

樹菜「はぁ……はぁ……」

拓将「修馬、お前はオーサーじゃないとは思ってはいる。
だから悪いことは言わねぇ。お前も吹雪も身を守るもんくらい持ってたほうがいいぞ」

これには俺も同意する他なかった。
なぜなら拓将が言った言葉通りで、拓将か樹菜のどちらかがオーサーの場合、武器を持っていない俺と吹雪は太刀打ち出来ない。だからといってこの2人の武装をやめさせられる論もない。

俺は迷った挙句、自分は工具用ハンマー。吹雪には木製バットを持たせた。
いずれもこの倉庫にあったものだ。

これは抑止力のため。
そう言い聞かせたが、人数が減る度に生き残りには疑惑という亀裂が入る。

この中にオーサーがいる……?

勿論、姿を消した遥輝が一番怪しいとは思っている。しかしこの部屋にいるメンバーもわかったものではない。

壁にもたれ、メンバーにチラチラ視線を送る拓将。

離れた席に座り、肩を抱き震える樹菜。

そして、俺の隣の席に座り、下を向き悲しそうにしている吹雪。

俺は自分以外に生き残っている3人に目を配る。

この中にオーサーがいる?

拓将、樹菜、吹雪。
お前らは一体何を考えて、何を見ているんだ……

窓の外の闇へ目を向ける。

修馬「……夜になったな」

吹雪「ねぇ今日はね。
自室のコテージに帰るのはやめない?
バラバラにならないほうがいいと思うの」

拓将「……そんで?」

吹雪「だ、だって今までの殺人は自室のコテージで起こってるんだから対策しないと」

修馬「ああ。お互いを監視するためにも、みんな一緒にいて交代で睡眠をとる方がいいんじゃないか?」

誰も返事をしない。反対なのか?

拓将「……ふーん。つまり集中力がなくなった深夜、外に潜む遥輝にまとめて殺されようってか?」

修馬「拓将……」

拓将「いや違ったか?今、怪しいのは幽霊だったか?ひとりぼっちは狙われるのか?
ふん!俺はごめんだぜ。お前らだって信用してねえんだ。お前らの前でなんか眠れるかよ」

荷物をまとめる拓将。

修馬「拓将待て!」

樹菜「はぁ、はぁ、はぁ」

吹雪「じゅ、樹菜大丈夫?」

樹菜の呼吸が早くなっている。汗も尋常ではなかった。

修馬「じゅ、樹菜」

樹菜「ゆ、幽霊が来る……夜に私達を殺しに来る……」

心十郎の迷惑な遺言。
樹菜には効いていた。

修馬「樹菜!それは心十郎の妄言だ!幽霊に人は殺せない!」

樹菜「うぅ……何で!何でこんな目に逢わないといけないの!
何で筋書き通りに死ななきゃいけないの?自分の死なんて誰かに決められたくない……」

樹菜がここまで大きな声を出したのは初めてで驚く。

樹菜「ううぅ……自分の死ぬ時は……自分で決めるんだ!」

立ち上がり、手にナタを持ちフラフラと歩き始める。

吹雪「樹菜?」

修馬「おい!どこ行くんだ!」

拓将「なんだなんだ」

樹菜は拓将の脇をすり抜け、ロッジの外へ出た。周囲に嫌な闇が広がっている。

樹菜「こ、こんな数字怖くないもん!」

振り返り、頭をふる樹菜。
かなり錯乱してる。

修馬「樹菜!落ち着け!ロッジの中に戻れ!外には殺人犯がいるかもしれないんだぞ!」

樹菜「……そ、そうはいかないんだから」

ナタを振り上げる。

吹雪「え?樹菜!」

修馬「樹菜!何する気だやめろ!」

樹菜「オ、オーサー見なよ!誰だか知らないけど、あなたの筋書き通りになんかミステリーは進まないんだから!あは、あははは」

樹菜の目がこれ以上なく血走る。

修馬「樹菜!おい、まさか!」

拓将「バカ!やめろ!」

吹雪「樹菜!」

樹菜「あはは、はは」

ナタが振り下ろされる!ザクッと嫌な音が闇に響く。

修馬「おい!何してんだ!!」

拓将「うわああ!」

吹雪「いやあああ」

樹菜「あああ!う、うあああ!」

周囲が赤く染まる。

吹雪「しゅ、修馬!樹菜をとめて!」

吹雪に揺さぶられ、はっとする。

修馬「樹菜!やめろっつってんだろ!」

俺は力任せに樹菜を突き飛ばした。
小柄な体と真っ赤なナタが闇夜に転がる。

樹菜「い、いあああ!」

止めるのが遅かった。
樹菜の手首から血がとめどなく流れ落ちる。

修馬「……なんてことを」

そう、錯乱した樹菜は自分の左手を……
ナタで切り落としていた。

骨と肉の見える断面を見てしまい、目を逸らす。

ああ、俺の手も樹菜の血で真っ赤になってんじゃん。

吹雪「樹菜!大丈夫?ねえ!」

吹雪が樹菜の肩を揺する。

修馬「痛みで気絶してるだけだ。死んではいない。とにかく応急処置だ!ベッドに運ぶぞ。一番近いコテージは誰のコテージだ?」

吹雪「えっと……樹菜だね!」

修馬「樹菜わり。鍵借りるぞ」

背中に血まみれの樹菜を担ぐ。

修馬「おい拓将!運ぶの手伝ってくれ!」

拓将は返事もせず、ある一点を見つめている。

修馬「拓将!」

拓将「修馬、見ろよあれ……」

修馬「なんだよ、こんな時に」

拓将「樹菜の手首」

それはみるみるうちに血色を失っていく。

そして代わりに手の甲に、ある数字が黒く浮かびあがり始めていた。

拓将「……樹菜が死んだら出る筈だった数字じゃねえの?」

そこに浮かんだ数字は……3

Count 14

3日目、昼
ロッジ
視点、修馬

さっきの心十郎の言葉を思い出す。

修馬「幽霊……か」

拓将「絶対うそだろ。うそじゃなきゃあいつ頭おかしいわ」

吹雪「……舞鈴」

樹菜「……」

その後、会話がなくなる。
今日も時計の音がうるさい日になりそうだ。

修馬「……それにしても遅いな心十郎のやつ」

拓将「1時間くらい経ってねぇか?」

樹菜「あ、あの……」

修馬「どうした樹菜?」

樹菜「私もト、トイレいってくる」

修馬「ああ、気をつけるんだぞ」

樹菜「う、うん」

樹菜の小さな背中を見送る。
この時、既に俺の嫌な予感は始まっていた。

樹菜「い、いやああああ!」

ほどなくして樹菜の悲鳴が時計の音をかき消す。

拓将「な、なんだ?」

吹雪「樹菜の声よ」

修馬「いくぞ二人とも!」

トイレに向かって走る。拓将と吹雪も後ろからついてくる。

トイレの前!
そこには腰を抜かした樹菜がいた。

修馬「樹菜!大丈夫か?」

拓将「どうかしたか?」

震える指先がトイレの中へ向く。

樹菜「し、心十郎くん……が」

指の先には、トイレ内で仰向けに寝て、ガタガタと痙攣している心十郎がいた。

心十郎「うひ!うひひひ!」

修馬「な、なんだこれ」

拓将「お、おい心十郎!どうした?」

心十郎の脇に転がるある物へ目を向ける。

修馬「くっ、これだろう。大量の注射器だ!」

拓将「な、なんだこれ?麻薬か?」

心十郎「あは!あはは!これで僕は!み!見える!」

そこだけ地震でも起きてるかのように心十郎は揺れている。

修馬「心十郎!おい何やってんだ!しっかりしやがれ!」

心十郎「あは!あがが、ぎいいい!ぼ!ぼ!僕は見える!舞鈴!オーサー!」

手足をバタつかせる様が人間とは思えなかった。

樹菜「ひ、ひいい」

心十郎「オーサー!うんうん!そうなん!だ!また夜に!殺すん!だね!舞鈴が!うがががが!」

拓将「おい、修馬!何とかならねぇのか?」

何とか?何とかってなんだよ!

修馬「薬物の多量摂取によるショックだ。俺らにどうしろってんだ!」

拓将「くそっ!」

心十郎「があがは!げげげ!オーサー!オーサー!う、げふっ…」

修馬「心十郎!」

拓将「おい心十郎!」

急に動かなくなった。
俺は心十郎の脈をとる。

修馬「……だめだ、死んだよ」

吹雪「そんな……」

樹菜「あああ」

拓将「……まじか」

修馬「薬なんかに手を出すからだ。バカやろう……」

拓将「幽霊に……幽霊に呪い殺されたのかな?」

拓将が恐れるようにぼやく。

修馬「バカ言うな!これはただの事故死だ!」

拓将「だ、だよな。……すまん」

樹菜「え?
……あ、ああああ!」

樹菜がまた指先を揺らす。

修馬「どうした樹菜?……えっ!」

吹雪「う、うそでしょ」

拓将「おい……もう、どうなってんだよ」

俺達の目の先で、手の甲に段々と浮かびあがるあの文字。
それはしだいに「5」と濃く刻印されていく。

修馬「ば、ばかな!こいつは薬物による事故死なんだぞ……」

拓将「オーサー……これも予言していたってのかよ、初めから」

恐れから。俺は拓将の胸ぐらを掴んでしまう。

修馬「こいつがこのタイミングで勝手に死ぬことをか!舞鈴を殺す前から知ってたってのか!そんなこと無理だ!」

拓将「じゃあなんだってんだ!幽霊が呪い殺して、今書いたってのか!」

叫んだことによりお互い息が荒れる。

修馬「はあ、はあ……わりい」

手を離す。

吹雪「もういや……こんなの」

樹菜「誰か……助けて」

修馬「……とにかく戻るぞ。みんなで力を合わせて生き残るしかない」

そんなことしか言えない自分に嫌悪感が沸く。

ふと見た窓の向こうの森に潜む影に俺はぎょっとする。

しかしそれはガラスに写る自分の姿だった。

本当に幽霊がいるのか?
そして自分達を外から見ているのか?
そんなことありえないことだ。
そう心に思いきかせる。

それでも俺は……この島にいるうちは、窓に写る自分の影をもう見ないと心に決めた。

Count 15

拓将「ど、どういうことだ!」

修馬「詳しく話してくれないか心十郎?」

心十郎「いいよ。くく」

全員が不安げに心十郎を見つめている。

心十郎「昨日の、何時だったかな?多分夜の2時頃だったよ。あんなことがあったから、僕も寝付けなくてね。
ふと窓から外を眺めたのさ」

修馬「……」

心十郎「すると、夜の闇の中でね。
人影がゆっくり……ゆっくりとどこかへ歩いているのが見えたんだ」

拓将「……だ、誰だったんだ!」

心十郎「まあ、焦るなよ。
僕も初めは暗くて誰かわからなかったんだ。でも気になって窓に張り付き目を凝らしてよーく見てみたんだよ」

吹雪「……」

心十郎「そいつは少し前屈みで、斜め下に手を伸ばした格好で、変わらずゆっくりゆっくり歩いているんだ」

樹菜「……」

心十郎「まるで幽霊だろ?
……その時にちょうどね、月が雲の間から出たみたいでね。
月明かりの中……そいつの横顔がぼんやり見えたのさ」

修馬「だ、誰だったんだよ?」

心十郎は前髪をかきあげ、興奮した目で言い切った。

心十郎「舞鈴さ!!死んだはずの舞鈴が夜中にフラフラと徘徊していたんだよ!」

樹菜「……ええ」

吹雪「ま、舞鈴が?」

拓将「は?う、嘘つくなよ!」

心十郎「本当さ!
きっと1人淋しく死んだ舞鈴は、仲間を増やそうと文明のコテージに行き、寝ている文明の心臓を……グサッと!」

修馬「いい加減にしろ心十郎!」

心十郎「相手が幽霊なら、鍵をかけても簡単に入られるし、返り討ちにすることも不可能さ!なにせもう死んでるんだから!あはははは!」

手のひらをテーブルに思い切り叩きつける。

修馬「笑ってんじゃねぇよ!お前何でみんなを恐怖に陥れるようなことばっかり言うんだ!怖いのはみんな一緒なのに、それを助長するなんてお前どうかしてるぞ!」

拓将「そ、そうだ!何が幽霊だ!いるかそんなもん!」

修馬「それにお前1人だけ妙に落ち着いてるというか、どこかこの状況を楽しんでいるようにさえ見える。
……まさかお前が舞鈴と部長を」

樹菜「え……」

吹雪「……」

距離をとる2人の女子。
それに対し不敵に笑い始める。

心十郎「ふふふ、信じてくれないなら、それでもいいさ。愚かな君達には見えないのかもしれないし」

背中を見せる心十郎。

修馬「お、おい、どこ行くんだ?」

心十郎「トイレさトイレ。くくく」

3日目、昼
ロッジのトイレ
視点、心十郎

トイレの鏡につぶやく。

心十郎「みんな驚いてたな。
僕の言動一言一言に聞き入って。
くくく、あはは」

笑っていて気がつかなかったが、手がかなり震えていた。

禁断症状か……

ポケットから出した注射器を腕に刺す。

心十郎「ああぁ……」

気持ちいい。
やっぱりこれがないとね。
学校、同級生、女子、親、兄弟。昔は何もかもが怖くて、自分の部屋から出られなかった。
そんな引きこもりだった僕に勇気をくれたこの薬。

これがある僕は殺されることはない。
他のバカな連中とはステータスが違うからさ。

昨日の夜もこれを使った後に、幽霊である舞鈴が見えたんだから。
これがなかったら僕は霊体である舞鈴は決して見えなかっただろう。

……危ないところだった。

もっとだ。もっと感覚を研ぎ澄ますために、もっともっと薬を打たないとだめだ。

心十郎「ひひ、きゃははは!」

ポケットからさらに複数の注射器を出す。

いいぞ。いいぞオーサー!
こんな興奮するミステリー初めてだよ。
もっと殺してしまえ!
もっともっと殺せオーサー!

心十郎「あははは!あひひひひ!」

心十郎視点 完

Count 16

3日目、朝
修馬のコテージ
視点、修馬

拓将「修馬!おい起きろ!無事か?」

ドアをドンドン叩く音に対して不機嫌に起きる。ふらつく足取りでドアへ。

修馬「……拓将か。はいはーい」

ドアを開き、目を擦る。
朝日が眩しい。

拓将「よかった。お前は無事か……って、うわ!」

拓将は俺の背後へ目を向け叫んだ。

修馬「……へ?」

恐る恐る振り返り、全てを理解した。

吹雪「すう……すう……」

可愛らしく掛け布団に潜む吹雪。

拓将「お前……なんてふしだらな!
このチャラ男!女好きやろー!」

顔を真っ赤にする拓将が、可愛かった。

修馬「いや、違えよ!昨日あいつがだな!」

拓将「いやそんなことより!
第二の殺人が起きやがったんだ」

修馬「……なに?」

一気に目がさめた。

被害者のコテージの扉を勢いよく開く。

心十郎「やあ、おはよう。修馬くん」

部屋の真ん中に立つ心十郎。

修馬「心十郎……本当に死んでるのか?」

心十郎「ああ、見てみなよ」

真っ赤なベッド。
掛け布団をめくり上げる。

修馬「う……」

部長の文明の亡骸だった。

心十郎「状況を考察すると、寝てるところに心臓をナイフで一突きにされた、かな」

吹雪「う、そ、そんな……」

寝てるところを、だと?
ある疑問が生じる。

修馬「……鍵をかけてなかったのか部長は?」

心十郎「これだよ」

心十郎の親指は、コテージの窓に向いていた。

修馬「これは?」

心十郎「窓ガラスが割られてるんだ。音が出ないようにガムテープを貼ったあともあったね」

修馬「ここから侵入されたのか……」

拓将「いやいや!中の部屋で寝てて窓が割れたら、いくらなんでも起きるだろ!」

心十郎「こういうのはどうだい?昨日部長は解散する前、すごく眠そうだったのを覚えているかい?」

修馬「ああ……」

心十郎「あれさ、昨日の部長の夕食に睡眠薬が入れられていたとしたら?」

拓将「睡眠薬か……確かにそれなら、ちょっとやそっとのことじゃ起きないもんな」

修馬「いや、ちょっと待てよ!……夕食てことは、お前……」

吹雪「……そ、それって」

拓将「へ?なんだっけ?」

心十郎「くくく、夕食はみんなで手伝って作ったよね?これは外部犯の付け入るスキがない事象。つまり犯人は僕達の中の誰かって事実が確定したのさ」

拓将「……まじかよ」

修馬「つまり舞鈴も他殺決定ってことか……」

目の焦点が合わない。信じたくなかった。

吹雪「ね、ねえ」

心十郎「ん?」

吹雪「遥輝と樹菜は?」

そう言えばいない。

拓将「樹菜はロッジにいる。俺が指示した。は、遥輝は……」

何だその言い方は。

修馬「え?なんだ?遥輝はどうしたんだ?」

心十郎「ふふふ、消えたんだって」

修馬「遥輝が!」

心十郎「自室はからっぽ。ふふ、消えるマジックなのかな。どこに行ったんだろうね。彼、昨日怪しかったしね」

遥輝が消えた?
やはり、あの数字。何か関係あるのか。
それと同時にあることを思い出す。

修馬「そうだ!部長の手」

拓将「あ、そっか!……見るか」

文明の布団に隠れたままの手を出した。

拓将「……うそだろ」

心十郎「ふふふ」

6の数字が左手の甲に刻まれていた。

文明の死体に毛布をかけて、ロッジに移動した。

心十郎「ロッジにも遥輝はいないみたいだね……」

拓将「ちっ、遥輝のやろうどこ行ったんだ!」

吹雪「樹菜大丈夫?目が赤いよ……」

樹菜「昨日結局怖くて眠れなくて」

樹菜は視線を下げたまま心なく答える。
樹菜も文明の死が信じられないようだ。

拓将「舞鈴が7で、部長が6か。
……なあこれってさ、カウントダウンしてんじゃね?」

修馬「カウントダウン?」

拓将「そう、5、4、3、2、1って感じに」

樹菜「え?……なにそれ」

察した樹菜の顔が青くなる。

修馬「やめろ拓将!その言い方じゃあまだあと5人死ぬって言い方だ!」

拓将「いやいや、だってそうだろ?俺達も今、俺、修馬、吹雪、樹菜、心十郎で5人だぜ」

心十郎「消えた遥輝を入れれば6人だよ」

拓将「あ、そうか。1人余るか」

心十郎「……その余った1人が犯人とか?くく」

修馬「心十郎も言い方に気をつけろ」

心十郎「ふふふ、わかってないなー
みんな口には出さないけど、もうこれは確定した事実じゃないか。つまり、このミステリー研究サークルのメンバーに、現実のミステリーを書いたオーサーがいるってことさ」

オーサー……作者か。

心十郎「僕達はオーサーの用意した登場人物。オーサーの書いたミステリーの順番に殺されていくのさ」

修馬「そんなばかな……」

吹雪「例えそうだとしたら、数字を書いた遥輝くんにもう一度話をちゃんと聞きたいよね」

修馬「そうだな」

心十郎「でもその遥輝は行方不明だよ」

拓将「あのやろ!やっぱりあいつが犯人なんだ!だから逃げたに決まってる!」

修馬「待て拓将、決めつけるな」

拓将「ちくしょう、なら次は5のスタンプを押された奴が殺されるってか!」

樹菜「ご、5」

吹雪「……5」

みんな手の甲に目を落とす。

吹雪「う……」

樹菜「あ、ああ」

手を震わせ、泣く樹菜。

修馬「そんな……死ぬ順番なんて」

吹雪「まるで……予言」

拓将「はっ、でもな!そんな予定通りにやられてたまるかよ!簡単に殺されてたまるもんか!俺を殺しに来た奴は返り討ちにしてやるからな!」

心十郎「返り討ちに……ね。ふふふ」

拓将「あ、何だてめぇ?」

心十郎「いやね、実はさ。昨日の夜に僕見ちゃったんだよね」

修馬「何をだ?」

心十郎「ふふふ……人を殺そうとしている犯人を見たんだ。僕ね、オーサーが誰か知ってるんだ」

修馬「……なに?」

全員が言葉を失った。

Count 17

2日目、夜
ロッジ
視点、修馬

結局、俺たちは1日中ロッジにいた。
今はみんなで吹雪の手伝いをして作った夕食の片付けをしている。

修馬「こんな時も晩飯ありがとな吹雪」

吹雪「うん、でもみんなが手伝ってくれたから楽だったよ」

修馬「昨日そう決めたからな……舞鈴が……」

吹雪「……うん」

嫌な空気を作ってしまった。
吹雪は舞鈴と仲がよかったから尚更辛いだろう。

ふと疑問が生まれる。
昔は些細なことにも泣いていた吹雪だ。
そう言えばなぜ今回は泣かないのだろうか?

心十郎「……ふう、すっきりした」

リビングに戻って来た心十郎。

拓将「おい、お前どこ行ってたんだ?」

心十郎「ふふ、トイレだよトイレ」

樹菜「……消えたかな」

真っ赤な左手の甲をタオルでゴシゴシとこする樹菜。
今日1日中見ていた光景だ。

修馬「樹菜、いくら擦ってもとれないと思うぞ」

樹菜「で、でもなんか事件に関係してそうで怖くて」

拓将「はーシャレになんないぜ。誰かさんがこんなスタンプ押しやがっからなー」

遥輝「……」

文明「もう夜だな。今日は1日こうしていたが、それでもみんな気疲れがあっただろう。もう寝るとするか」

拓将「さんせー!ずっと一緒にじっとしてるのも気が滅入ったわ」

文明「あと夜のうちは外には出ないように。鍵を閉めて、誰か訪ねて来ても簡単に開けてはダメだ」

心十郎「そうだよー?知ってる人が来ても気をつけるんだよー?あはは」

言い方が癪に触るが、内容には同意だ。

文明「では、また明日9時にここロッジに集合だ」

拓将「りょーかーい。おやすみー」

そう言い、拓将はロッジを後にする。
それをみんな追う。

心十郎「ふふ。じゃあみんな、いい夜をね」

樹菜「……眠れるかな」

遥輝「怖いなら一緒にいてやろうかい?レディ」

樹菜「……ごめん。いい」

遥輝「……信用を落としてしまったかな」

心十郎、樹菜、遥輝も自分のコテージへ。

文明「鍵を忘れるなよみんな!……ふう」

修馬「おつかれ部長。疲れてるな」

文明「修馬……いや少し眠いだけさ。心配させたかい?」

修馬「今日はゆっくり寝よう。
……あと部長はみんなに気を遣い過ぎだ。こんな時くらい部長らしくしなくてもいいんだぜ」

文明「ありがとう。でも俺はこのサークルの責任者だ。こんな時だからこそ、みんなをしっかり導いてやらないといけない」

修馬「部長はどんな時も部長だな。確かにそうだけど、たまには俺らを頼ってくれてもいいからな」

肩をポンと叩いてみる。

文明「そうだな。ありがとう」

それに対して部長は、嬉しそうにだが何か悩んでいるような表情を見せた。

文明「……なあ修馬」

修馬「ああ」

舞鈴の死についてだろう。

文明「……いや、やっぱりいい。今日はもう遅いし、眠気も限界だ。明日ちゃんと話すよ」

修馬「そうか。おやすみ部長。また明日」

文明「ああ、おやすみ」

部長もロッジを後にする。
何を伝えようとしたのか?

吹雪「……ねえ修馬」

背後から声をかけられる。
吹雪、まだいたのか。

修馬「なんだよ」

照れ臭そうに下を見る吹雪。

吹雪「あ、あのね……」

俺もコテージに戻ってきた。

修馬「……じゃあ電気消すぞ」

吹雪「う、うん」

ベッドの上の吹雪が掛け布団を掴みながら返事する。

修馬「いいのか本当に?」

吹雪「え?」

修馬「お、同じベッドでさ」

吹雪「……い、いいよ。
でも、何もしないでね」

修馬「するか、あほ」

吹雪「ふふ、小さい頃はよく一緒の布団で寝たのにね」

修馬「……いつの話だ」

吹雪「うーん、何歳だっけなー
修馬覚えてる?」

修馬「もういいから、消すぞ?」

吹雪「うん」

部屋が暗闇に落ちる。

修馬「じゃ、おやすみ」

吹雪「おやすみなさい」

俺もベッドに移る。
狭いシングルベッドでは、吹雪と肩が当たる。

俺はなるべく気にしないように吹雪に背中を向けてみた。

あれ?これでいいんだよな?
何もしないでって言ってたし。
今、触れてしまうと鼓動が早いのがバレてしまいそうだし。

そう、俺は気にしない。
全く、何も、全然気にしてなんかいない。

吹雪「……修馬」

肩をぎゅっと掴まれる。
それにビクッとしてしまう。

修馬「な、な、な、なんだよ?」

出来る限りだるそうに言おうとしたが、無理だったか。

吹雪「……」

あれ?返事がない?

吹雪「……うっう」

肩に力がかかる。

修馬「……吹雪?」

吹雪「……舞鈴、死んだんだね」

……そうだよな。我慢してたんだよな。

修馬「……ああ、そうだな」

吹雪「私……舞鈴にいろいろお礼言いたかった」

修馬「……そうだな」

吹雪「……ねえ修馬」

ゆっくりと向き直す。
肩が当たる。

修馬「どうした?」

吹雪「もう……もう何も起きないよね?」

涙目の吹雪に俺は優しく答えてやる。

修馬「大丈夫。心配するな」

2日目、夜
文明のコテージ
視点、文明

まだ何も終わっちゃいない……
むしろこれは始まりではないのか?

ベッドの上、後頭部で手を組む。

俺はミステリーが大好きだ。
幼い頃から父の書斎のミステリーを勝手に読み漁っていた。

幼い頃から読んでいたおかげで、ミステリーの謎を解く行為にかけては、このサークルでも右に出る者はいないだろう。

……そんな俺の推理は、みんなの前では言えないものだった。

舞鈴の死体を思い出す。
舞鈴の首には爪で引っ掻いてた跡があった。
自殺する人間の心理はわからないが、俺には意図せぬ絞殺の跡にしか見えなかった。

そして一番ゾッとしたことは、舞鈴の衣服や部屋に争ったあとがなかったこと。
これは外部犯の可能性を否定していると言っていい。

俺はやっぱり考えてしまっている。

俺達の中の誰かの仕業……

正誤はともかく、このことをみんなの前で言わなくて正解だった。

言えば、混乱を招き、疑心暗鬼に陥ってしまっていただろう。

そして気になるのはあの数字……

遥輝が受け取った謎の手紙の指示。

詳しい差出人は不明のまま。
確かなことは船の中で受け取ったということは、部員の誰かが入れたことになる。
また内部犯。

遥輝はみんなにスタンプを押したと言った。
それはつまり、また誰かが死に、数字が浮かぶ可能性があるということ。

意図がはっきりわからんが、狙いは撹乱だろう。
疑心暗鬼になれば、犯人の思う壺。
バラバラになれば犯人は必ずそこをついてくる。

だからこそ今日は何事もなく1日を終えられた。

明日もこの状態を貫くべきだな。

自分はこのサークルの部長だ。
みんなを安全に導いてやる必要がある。

そもそも俺達の中に殺人犯がいるなんてのは、ひねくれた考えなのかもしれない。

ミステリーの読み過ぎなのか……

……

意識が落ちかける。

眠い……おかしい。
いくらなんでも眠過ぎる。

もしや、俺はオーサーに狙われているのか?
だとしたら、まずい。

重い体を立ち上がらせる。
頭を抱えて、トイレへ向かう。

文明「……よっと」

木の天井を外し、屋根裏へ這い上がった。

文明「……ここなら安全だろう」

木の天井を戻しながら呟く。

実はこのコテージには屋根裏がある。
昨日、コテージ内を物色してた際にたまたま見つけたものだ。
唯一知ってそうな舞鈴が死に、このことは誰にも話さなかった。これは俺の自衛の切り札。

文明「ここなら……大丈夫だろう」

殺人犯が俺を狙っても、見つけられない……はず……だ……

意識が途切れ途切れになる。

……

……あれ?

電話が鳴ってるような音が、どこか遠い世界から聞こえてきた。

俺のコテージの電話が……
鳴ってる……のか……?
……だめだ。もう動け……ない……

……。

文明視点 完

2日目、夜
遥輝のコテージ
視点、遥輝

俺はコテージ電話の受話器を置く。

遥輝「ふふふ」

さあ、行くか。

コテージの扉を開き、俺は夜の闇に歩を進めた。

遥輝「……くくく」

遥輝視点 完

Count 18

2日目、朝
修馬のコテージ
視点、修馬

吹雪「修馬起きて!修馬!」

叩かれるドアの音に焦り、身を起こす。

修馬「……うーん、すまん吹雪。また寝坊か俺」

吹雪「それどころじゃないの舞鈴が!」

修馬「……?」

舞鈴のコテージの着く。
そこで俺は衝撃的なものを見る。

拓将「はあ?うそだろ!」

遥輝「ば、ばかな」

樹菜「い、いやあああ」

心十郎「……」

俺の目に飛び込んで来たのは、不自然に部屋の中央で直立する舞鈴。

それは、初めて見る本物の首吊りだった。

文明「と、とにかく降ろすんだ」

部長の言葉にはっとなり、みんなで舞鈴の小さな体を床に下ろす。
パニック状態だった俺は、あることに気づく。

修馬「おい、これなんだ?」

舞鈴の左手の甲に”7”と書いていた。

拓将「数字の7か?」

遥輝「……ん?あ!!」

遥輝がはっとした顔となる。

文明「なんだ遥輝?これが何かわかるのか?」

遥輝「……い、いや……」

明らかに様子が変わった。

文明「とにかく一度、ロッジの方へいこう。女の子2人をいつまでもここに留まらせる意味もない」

吹雪「……う、うん」

まだ現実を飲み込めていない吹雪。

樹菜「うぅ……グス」

ずっと泣いてばかりいる樹菜。
俺は同意する。

修馬「そうだな、別荘へ戻ろう」

心十郎「……ふ、ふふふ」

修馬「落ちついたか?2人とも」

飲み物を注いでやる。

樹菜「う、うん」

吹雪「……ありがと」

拓将「はー、楽しい旅行がまさかこんなことになるとはなー」

そろそろ聞きたいことを伺うか。

修馬「第一発見者は誰なんだ?」

吹雪「あ、私だよ」

修馬「どうして、朝に舞鈴のコテージに行ったんだ?」

吹雪「……舞鈴昨日から電話に出なくて」

電話?コテージのか。

文明「夜に電話したのか?」

吹雪「う、うん。ちょっとね」

何故か歯切れが悪い。眉を寄せる。

吹雪「あ!でも電話した時、舞鈴誰か来たって言ってた」

修馬「誰かって?」

吹雪「それはわからないけど、電話の時は普通だったよ」

拓将「おーい誰だ?行ったやつなら様子がおかしかったとか見てんじゃねえの」

沈黙。誰も手を挙げない。

拓将「……へ?何で名乗り出ないんだ?」

心十郎「……ふふふ、あはは!」

ここで心十郎が急に笑い始めた。
朝、舞鈴の死体を見つけた時からにやにやしてて不気味だったことを思い出す。

修馬「なあ、何笑ってんだ?心十郎」

心十郎「いえいえ、なぜミステリーサークルにいるのかわからないほど頭の悪い拓将くんはともかく、ミステリー研究サークルのみなさんが本気でアレを自殺と思っているのかな、と思ってね」

拓将「あ?誰がアホだこら!」

文明「……」

樹菜「え?え?」

修馬「何が言いたい?」

心十郎「見ましたか?
足ですよ足。背伸びしたようにつま先が床に接していたでしょう?自殺する人間って長時間苦しむ方法を選ぶのでしょうかね?」

真木心十郎。こいつ……

心十郎「首吊りに見せかけたという発想の方が自然ではありませんか?」

こいつの態度は気にいらないが……

心十郎「それだけじゃない。彼女の体にも謎が残っている。
そう、彼女の手の甲の7という数字。あれはどう説明するんですか?」

言ってることは紛れもない正論だ。
俺は何も言い返せず、下を向く。

文明「そうだな。あの数字。
あの数字については遥輝、君が何か知ってるんじゃないか?」

遥輝「……僕が?」

遥輝が顔を上げる。

拓将「部長ー、何で遥輝が知ってんの?」

文明「さっきあの数字を見た時の反応が遥輝だけおかしかったんだ。何かを思い出したような様子に見えた。
何か知っているんだろ?」

俺も見ていた。内心頷く。

拓将「おい遥輝!お前何隠してやがる!
ぶん殴るぞ!」

遥輝「い、いや、隠したわけじゃない。
わかった、言おう」

文明「あれは何なんだ?」

遥輝「あ、あれは俺が押したスタンプだ」

修馬「は?スタンプ?」

拓将「はあ?何?」

文明「どういうことだ?」

遥輝「まあ聞いてくれ。昨日船に乗った時に、俺のかばんに手紙とスタンプが入ってたんだ!
手紙には、これを使い誰にも気づかれず部員の左手の甲にスタンプを押せと。
マジシャンの僕なら簡単だろうと」

修馬「どうして?」

遥輝「どうやら並べると”誕生日おめでとう”となるらしく、修馬の誕生日のサプライズにしたいと書いてあった」

拓将「へ?実際書いてた文字は”7”じゃねえか」

遥輝「そうだ。だから驚いた。
舞鈴には”め”と記されたスタンプを押したはずだからな」

心十郎「ふーん、そんなの押した時に違う文字だと気付かなかったの?」

遥輝「ああ、色が透明だから気付かなかった」

透明?透明のスタンプだと?

修馬「なんだそりゃ。じゃあ何の意味があるんだ?」

樹菜「もしかして遊園地とかで再入場に使われてるもの?ほ、ほら。通常は見えないけど、特殊な状況を作ると見えるスタンプだったのかな?」

なるほど。あれか。あれなら見えなかったと言われても納得出来るし、サプライズにならちゃうどいい。
……しかし……

文明「昨日にはもう押していたんだろ?それが今日視覚化したなら特殊な状況の詳細が気になるな」

心十郎「ふふふ、例えば死んだらとか?」

樹菜「ひっ」

修馬「おい、やめろ心十郎!適当なことを言うな!」

心十郎「ん?そんなに適当かな?
皮膚の細胞が死滅すると発色するなんて液体があってもおかしくないと思うけどね」

言い返せない。

遥輝「詳細はわからないが、僕が受け取った手紙には全員の手の甲にスタンプを押せというものだった」

全員、という言葉に驚いた。

文明「……全員だと?」

拓将「え、舞鈴だけじゃないのか?」

遥輝「あ、ああ」

修馬「いつ押したんだ?」

遥輝「ふ、僕はマジシャンだよ。昨日一日使って全員に気づかれないように対応済みさ」

拓将「え、それ俺にもか?」

遥輝「だから全員にだ」

文明「俺達にも7のスタンプを押したのか?」

遥輝「いや、全員別のスタンプを使った。手紙に指定されていたんだ。舞鈴は”め”。吹雪は”誕”とか全員別だ。
まあそれもスタンプの頭に明記されていた文字と、押印側の面が違うのであればわからないものだがな」

文明「なら、手紙とスタンプは?」

遥輝「ん?」

文明「その話が本当なら、その手紙とスタンプを持っているんだろう?
見せてくれないか?
こんな状況だ。申し訳ないが、遥輝を少し疑っている」

疑う。つまりそれは……
俺は脳裏に察する。

遥輝「いや……すまないが、作業が終わったらロッジの倉庫に入れておけと指示されていたんで、昨日のうちに倉庫へ返してしまった。手紙も一緒にな。
先程、気になり倉庫へ行くとなくなっていたんだ」

心十郎「何それ……ねえ、本当かい?」

遥輝「う、嘘ではない!
こんな嘘つくメリットないだろう!」

拓将「あーとりあえず気味わりい。
俺手洗ってくるわ」

遥輝「どうやら特殊な洗浄液を使わないと数日は残るとも書いてあった」

拓将「はあ?何だそりゃ!くそ!」

文明「……よし、わかった。遥輝お前を信じよう。ただし」

遥輝「ただし?」

文明「その手紙は誰宛からだったか教えてくれ」

遥輝「……」

文明「それくらい言えるのでは?」

拓将「おい、答えろや!」

遥輝「……オーサー」

修馬「オーサー?」

遥輝「ああ、オーサーからと書いてあった」

オーサー……作者という意味だ。

誰だ?そいつは。

文明「とにかく、死人が出たんだ。もう遊びたい奴はいないだろう。携帯の電波は届かないから、別荘の電話で助けを呼ぼう」

樹菜「そ、それが……」

文明「どうした?」

樹菜「あ、朝から電話がどれも繋がらないの」

拓将「はあ?じゃああと4日この島にいないとダメなのか!」

心十郎「くくく、いよいよ面白くなってきたじゃないか」

修馬「……」

文明「……そうか。なら、これからはなるべくみんな一緒に行動しよう。外に俺達以外の殺人犯が潜んでいる可能性も忘れるな」

心十郎「僕達以外の可能性……ね。ふふふ。
なら、可能性として僕達の中に舞鈴を殺した犯人がいることも考えないとね」

心十郎の言葉に、みんな水を打ったように静まりかえった。

修馬「……俺達の中に?」

樹菜「……」

文明「……」

拓将「……舞鈴を自殺に見せかけて?」

遥輝「……」

吹雪「……」

心十郎「……うん、殺した人がいるかもしれないじゃん」

7人全員が視線を泳がせ、表情を探り合った。
みんな薄々思っていたことだった。

遥輝「……」

2日目、昼
ロッジ
視点、遥輝

僕は、昔から人を脅せるイタズラや裏をかく行動が好きだった。

テレビでマジシャンを初めて見た時に、天職だと感じた気持ちは今でも忘れていない。

人の心理の虚をつき、人から拍手を受ける存在。
ミステリーもそういう面で似ていることから好きなため、このサークルに入った。
だが自分の中で1番やりたいことはマジシャンだった。

憧れた。
憧れ、そして真似た。

現状、僕のスキルはプロクラスにひけをとらない自信だってある。
だからこそ昨日、気付かれずメンバー全員にスタンプを押すことが出来たんだ。
きっと最終日の修馬の誕生パーティーでみんなは驚き、自分に拍手する。
それを楽しみにやったのに。

……なのに、何だこれは?

みんなからのこの不信の目は何なんだ?

マジックの種を探る不信の目とはまた違う。
冷たく、じとっとした視線。

違う。
こんなの僕の憧れたマジシャンに対する目じゃない。

……だからこそ押したスタンプの数字はみんなに教えなかった。
……本当はスタンプの頭の明示と、スタンプ側が違うことに気付いていた。

舞鈴に7を与えたことも覚えていたし、他の者達の数字もある程度覚えている。

きっとこれはのちに自分だけの有利な情報となるだろう。
だからこそこいつらには教えない。

その目をやめない限り絶対教えてやるもんか。

……絶対にな。

遥輝視点 完

Count 19

1日目、夜
ロッジ
視点、修馬

遥輝「そう、勝利したのは人狼チーム!
そして僕も人狼。勝者なのさ」

修馬「ええ?」

文明「なん……だと?」

拓将「はあ!?お前、人狼に殺されたから村人だろうが!マジシャンだからってカード入れ替えるなんてずりいぞ!」

遥輝「ふふふ、勝者こそ正義さ」

拓将「ちくしょー!やってらんねえ!」

カードを机にばらまく拓将。

舞鈴「男子さー!食事の片付けもしないで人狼ゲーム?いい気なもんね」

文明「すまない。では明日は男子側で夕食を作ろう」

舞鈴「は?男のみでって私達への罰ゲームなの?誰か1人でも料理出来るの?」

修馬「……いいえ」

舞鈴「こういうのは吹雪に作らせれば確実なんだから。吹雪の料理おいしかったでしょ?」

修馬「ああ、うまかったな」

吹雪「……あ、ありがと」

舞鈴「食器さえ割らなかったら完璧だったのに、このドジっ娘」

脇腹を肘でぐりぐりされる幼馴染が見える。

吹雪「ご、ごめんなさいってば」

舞鈴「まあでもみんなさすがに手伝いくらいは出来るでしょ。明日はみんなで手伝って作りましょうよ」

修馬「そうだな。そうしよう」

文明「では、そろそろ寝ようか。みんな今日は楽しんだろう」

樹菜「うん」

心十郎「……」

舞鈴「それぞれのコテージに帰って寝てね」

拓将「はーい!」

修馬「じゃあみんなまた明日な」

文明「寝坊しないようにな修馬」

修馬「へいへい」

吹雪「ね、ねえ舞鈴」

舞鈴「しっ、焦らないの。大丈夫、上手くいってるから」

吹雪「う、うん」

修馬「……?」

何を話そうとしたんだろうか?

1日目、夜
舞鈴のコテージ
視点、舞鈴

とりあえず1日目はこんなものか……
あと4日が勝負だね。

ベッドに腰掛け、天井を見上げ考える。

この旅行は、ある計画によって生まれたものだ。

それは修馬と吹雪のカップル化。

お節介な自分は、あの2人のもどかしい関係を早く何とかしてやりたかったからだ。

誰かも言っていたが修学旅行などのイベントは恋を促進しやすい。
そのために資産家の父親からわざわざ別荘をかしてもらった。
奥手な修馬に鈍感な吹雪。
いいカップルになるに決まってる。

全く!中学生じゃないんだから、お互いはっきりしろって話よね。

……作戦はこうだ。
最終日の5日目は修馬の誕生日だから、パーティーをしたあとに、2人きりの時間を設ける。
そこで吹雪から個人プレゼントを渡させ、そのまま告白。

状況は私が何とか作れる。
あとは吹雪がちゃんと告白出来るかだけが懸念だった。

今、そんな不安を抱く吹雪と電話している。
携帯の電波は届かない島なので、コテージ同士の内線電話を使ってだ。

舞鈴「大丈夫!うまくいってるから吹雪は気にしすぎなのよ」

吹雪「う、うん。ちゃんと告白出来るかな」

舞鈴「あんたら何歳からの付き合いなのよ!これ以上よくはならないってば!向こうも満更じゃないだろうから自信持ちなさいよ」

吹雪「う、うん」

いくらなんでもちょっとお節介過ぎるかな?
この分じゃ付き合ってからも面倒見ないとダメかもね。

ブーブー!

ふいにコテージのブザーが鳴った。

舞鈴「あら、誰か来たみたい」

吹雪「え?こんな時間に?」

舞鈴「うん、切るね。おやすみ」

吹雪「おやすみなさい」

こんな遅くに誰だろうか?
コテージに不具合でもあったのか?

ドアを開いた。

舞鈴「はーい、誰?」

???「……」

ドアを開けた先の人物は、いつもに比べ少し様子がおかしかった。

舞鈴「あら、どうしたの?」

舞鈴視点 完

Count 20

1日目、昼
ビーチ
視点、修馬

修馬「おーい、吹雪!お前そんなはしゃいでるといつもみたいに……」

吹雪「大丈夫!…ってうわ!」

波に足を取られて飛沫を上げる吹雪。

修馬「……アホ、言ってるそばから」

俺達は早速ビーチに遊びに来た!
みんなそれぞれ海で遊んだり、日焼けしたり、みんなでビーチバレーを楽しんだりと、満喫している。

正直、俺も楽しんでいる。
まさかこのミステリー研究サークルでこんな旅行が出来るとは思わなかった。

おっと、そうだ。そういや自己紹介がまだだったな!

俺の名前は橘修馬(たちばな しゅうま)
このミステリーサークルの遅刻常習犯だ。
ま、正直ミステリーはよくわからないし、正直興味もない。

しかし幼なじみの吹雪に誘われ入部した経緯だが、実は今は入ってよかったと思っている。

まあそれもメンバーに恵まれたからだ!

神原文明(かんばら ふみあき)
短髪に知的な眼鏡が似合うこのサークルの部長だ。
真面目で気配りが出来た奴で、少し固すぎるのではないかと思われるくらいお手本の部長だ。

桐島拓将(きりしま たくまさ)
茶髪が特徴的な彼は、少しチャラくてよく女の話ばっかりしてる。
しかし裏表のない気持ちのいい奴だと思う。

星野遥輝(ほしの はるき)
サラサラの髪で控え目にもイケメンな顔立ちな遥輝はプロのマジシャンを目指してて、既にプロにひけをとらないマジックをいくつもしてくれる。白馬の王子さながらなナルシストなとこが玉に傷かな?

真木心十郎(まき しんじゅうろう)
目が見えないほどの前髪の心十郎は無口で何考えてるかわからない。協調性はないが悪い奴じゃないと思う。

白浜舞鈴(しらはま まりん)
気が強い目つきに似合わない小柄なツインテールの舞鈴。少し口うるさいところがあるが、このメンバーの中では姐御役としてみんなの面倒を見てくれている。
今回の旅行も舞鈴が企画してくれた。

音無樹菜(おとなし じゅな)
舞鈴と同じくらいの小柄な体格。人見知りで大人しく、ほとんど話さない。
体が弱くよく風邪で学校を休んでいるので、気を配ってあげなくてはならない。

そして夜桜吹雪(よざくら ふぶき)
そう、吹雪。こいつとは幼稚園からずっと一緒な腐れ縁の幼なじみだ。
綺麗な顔立ちに、スラッとしたスタイルに水着がよく似合っている。小さい頃は俺の後をついてくるだけの弱虫だったのに、今は精神的にもしっかりしてきたと思う。
ただ、たまに天然なとこは結局治らなかったようだ。

いろいろ癖のある部員揃いだがみんないい奴だってのは知っている。

拓将「見ろよ修馬、吹雪ってスタイルよくね?」

修馬「はは、そうだな」

遥輝「美しいね。僕と同じくらい美しいよね、修馬の彼女は」

髪を潮風になびかせながら言う。
今日もナルシストは絶好調だ。

修馬「いやいや、あいつとはただの幼なじみなだけさ」

拓将「おい、修馬ちゃんと準備してきたんだよな?」

修馬「何が?」

拓将「ばーか!旅行っていわば特別なイベントだ。女と何があるかわかんねえんだぞ?」

耳元で下品な笑い声を聞かされる。

修馬「あー、はは。なるほどね。
そういう拓将は準備万端ってことか?」

拓将「勿論だ!
ちゃんと薔薇の花を一輪持って来たぜ!
誰といい感じになっても、これで告白すればイチコロだってネットにも書いてたからな」

修馬「お前……意外とピュアだよな」

自信満々な顔に吹き出してしまう。

文明「こら君達、下賎な会話をしているんじゃないだろうな?」

拓将「あーあーもう部長堅すぎだろー!」

修馬「お、部長見ろよ!樹菜の羽織ってるパーカー、海水に濡れてスケスケだぞ?」

文明「何?本当か?どこだ!」

修馬「はは、嘘だよ!相変わらずロリコンだな部長!」

文明「な、なんだと!俺はただ、幼く見える女性が気になるだけだ!」

遥輝「ふふ、それをロリコンと言うのだよ。部長」

修馬「合法ロリコンだとさ」

文明「見損なってくれるな君達!」

修馬「じゃあさ部長、舞鈴は?
あいつも樹菜と同じような小柄な体格だからストライクじゃないのか?」

文明「ふむ、そうだな。いつもは口うるさいことがギャップとなり、とても魅力的に見えているよ」

拓将「うはは!ロリコン確定ー!」

修馬「なあ!心十郎もこっち来て話入れよ」

心十郎「僕は……いい」

舞鈴「ねえ、さっきから男どもの視線がうざいんだけど?」

吹雪「まあまあ舞鈴」

舞鈴「どーせエロい話でもしてるのよあいつらは」

吹雪「えーやだなぁ」

舞鈴「……まあ吹雪はむしろ修馬に自分のそうゆう話してほしいくらいじゃないの?」

吹雪「え?もう舞鈴!」

樹菜「くすくす」

浜にいる吹雪がこっちをちらっと見て、すぐ目をそらした。
吹雪は俺のことが好きなのは小さい頃から知っている。
俺もまあこの歳になって、最近吹雪を意識して見ることもあり、お互いもどかしい関係が続いている。

もしかしたら、本当にこの旅行で関係が進むことがあるかもしれないな。

修馬視点 完

Count Start

修馬「旅行?」

吹雪「そう旅行。修馬の誕生日祝い兼ねて、我らがミステリー研究サークルの8人で」

舞鈴「私のお父さんが別荘貸してくれるんだから感謝しなさいよねー」

文明「だが別荘って島だとのことだ。舞鈴の家はすごい金持ちだったんだな」

拓将「いやいやいや、そんなことよりほぼタダで旅行に行けるんだ。聞けばプライベートビーチだっていうし、行きたいよな樹菜?」

樹菜「……うん!」

遥輝「なら夜は凄腕のマジシャンの僕がマジックショーでもしてあげようかい?」

修馬「お、いいなー」

吹雪「遅刻しちゃダメだよ常習犯」

修馬「うっせー!任せとけ」

心十郎「…」

こうしてミステリー研究サークルの8人で夏休みを利用した4泊5日の旅行が決まった。

舞鈴の父「じゃあ父さんは5日後まで迎えに来ないから、あんまりハメを外さないようにね」

舞鈴「パパったら。もうみんな20歳の大学生なんだから大丈夫よ!心配しないで」

舞鈴父「そうだな、みんな楽しんでおいで」

文明「いえ、ありがとうございます」

修馬「しかし実際来てみるとすごいな」

遥輝「青い海、白い砂浜、最高じゃん」

樹菜「綺麗……」

拓将「しかもこんな島に今は俺達だけなんて天国じゃねえか!」

文明「みんな、体調不良に気をつけてくれ。熱中症などになってはもともこもないからな」

吹雪「ねえ!楽しみだね、修馬」

修馬「ん?ああそうだな」

舞鈴「じゃあさ、皆にまずそれぞれのコテージの鍵を渡すわね」

拓将「一人一人のコテージとか最高!!」

文明「はしゃぎすぎるなよ拓将。君の悪い癖だ」

拓将「はーい部長」

舞鈴「じゃあみんな荷物おいたらビーチで泳ごうか!」

全員「はーい!」

心十郎「…」

この時、すでにメンバーは犯人の術中に、はまっていた。
しかしまだ誰もそのことに気づいていない。
これから起こる惨劇に…

“オーサー”以外は知る由も無かった。