修馬「……」
俺は考えた末……
修馬「ほらよ」
ナイフの向きを変え、差し出した。
樹菜「……え?」
目を丸くし、驚く樹菜を見る。
え?いいの、と言いそうな顔で俺の目を覗き込む。
修馬「ほら、殺せよ。
お前が言い出したことだろうが。
何驚いてんだよ」
樹菜はまじまじしたまま硬直している。
俺は樹菜の本当の姿を見てるようだった。
そうさ、お前は単なるプライドの高いミステリー狂人じゃない。
本当に俺も殺したいなら、さっき眠っていた時にやればよかった。
理由はよくわからないが、お前は俺を殺せなかったんじゃないのか?
だからこそ、俺が自分をオーサーと錯覚し、自殺をするようなストーリーを書いた。
さらに舞鈴の死体を自分の死体の代わりにすることや、腕を切断することなど。これはその場しのぎの一発屋の発想だ。警察がこの島を調べればお前が犯人だとすぐわかるだろう。
お前は完全犯罪をしようとしているんじゃない。
……俺たちと一緒に、死のうとしていた。
修馬「早く受け取れよ」
樹菜の片方しかない手にナイフを握らせる。
修馬「さあ、これでいつでも殺せるだろ?」
樹菜は俺とナイフを見比べている。
修馬「吹雪に感謝するんだな!
あいつの言葉がなければ、俺はお前を殺してたよ。恋人の仇だからな。
だがあいつはお前みたいな奴でさえ、理解しようとした。最期まで!
だから、そのかわり教えろ。
あんなに優しかったお前に……
……お前に、何があったのかを。
安い挑発しやがって。
どうして俺に殺してもらおうとしたのかも含めて教えろ」
樹菜は、とても驚いていた。
純粋な子供のような目で……
樹菜「修馬……」
俺の名を呟いたと思うと……
樹菜「う!うぐ!……げほ、ごほ!」
咳き込む口を手で押さえる。
渡したナイフが地面に転がった。
それよりも……
修馬「な……!おい、大丈夫か!?」
樹菜の手と口が、血に染まっていた。
樹菜「げほ、うぅ……
大丈夫じゃ、ないかな」
辛そうに笑う樹菜。
俺の頭の中で、何かが繋がった気がした。
修馬「樹菜……お前……」
樹菜「……」
修馬「まさか……」
樹菜「……うん」
修馬「……」
樹菜「私、あと1年の命なの……」
冷たい風が俺と樹菜の間を抜けた。
木々がバサバサと揺れている。
修馬「本当……なのか?」
こんな確認しなくとも、俺の本心は樹菜の言葉を信じていた。
樹菜「……うん。半年前くらいかな。
なんか体調が変だなーって思ってて、かかりつけのお医者さんに相談したら、総合病院に連れて行かれて色々検査されて……」
修馬「……」
樹菜「いきなり言われたよ。
長くはないだろうって。
もう少し早ければ、何とかなったかもって話もされたっけな。
……すごくびっくりした。
何で私なんだろうって、何回も、何回も考えたり……」
修馬「……」
樹菜「もともと私鬱病でね。
みんなには理解されないようなことでも死にたいって思うほど悩んじゃったりしてたんだ……
だから生きてるのって辛かった……
いつか死ぬ時は自分で決めようって思ってたのに……
ふふ、おかしいよね?
自分の命が残り少ないとわかったら、死ぬことに心の底から恐怖を感じたんだ」
俺は、じっと話を聞く。
樹菜「何で怖いと思ったかわかるかな?
あのね、私ね……
このサークル以外で友達なんかいないの。
誰も私のことなんか理解してくれないし、ずっと誰からも必要とされなかった。
なのに、ここのサークルのみんなは私を認めてくれた。
私の書いた、多重人格の主人公が犯人だってミステリーを面白いって言ってくれた。
みんな、私と友達になってくれ……て……
ううう……ううっくう」
樹菜はひたすら、目をこすっている。
樹菜「……大人しい私はみんなを後ろから見てるだけのことが多かった……
だけど……
だけど、みんななかなか気付いてくれないけど……
私はこのサークルのみんなが本当に大好きだったの!」
俺は黙って聞く。
いや、何も言えなかった。
樹菜「私はただ、みんなとずっと一緒にいたかっただけなのに……
なのに私だけ……
人生が余ってるみんなが羨ましかった……
死ぬことが怖いんじゃない!
自分だけみんなと離れることが怖かった。
またひとりぼっちに戻るのが怖かった……
どんなことよりも……」
修馬「だ、だからって……
何でそれを俺達に相談してくれなかったんだ!」
樹菜の眉が寄り、俺に叫んだ。
樹菜「出来るわけないじゃん!!
私はいつも楽しそうなみんなが好きだったんだよ!なのに自分の病気のことをみんなに話しちゃえば、楽しい雰囲気なんてなくなっちゃうじゃない!
私が死ぬ日まで……ずっと……
だから……言えなく……って……
……ううう」
俺は、この事件の動機を理解した。
樹菜「……ふう。
修馬はさ……仲間の誰からも気付いてもらえなかったことってある?」
ただ俺はきっと……
樹菜「自分なんかいなくても、誰も気にしないんじゃないかって思ったことある?」
この子の孤独を、本当には理解出来ないだろう。
樹菜「1人だけ仲間外れになることって怖く感じないの?」
何故なら、俺にはずっと吹雪がいてくれたから。
俺は何も返せず立ち尽くしていた。
樹菜「私はとても怖かった。
でもね……
みんなと一緒なら怖くないんじゃないかなって思っちゃって……
みんなが待っててくれるなら、弱い私でも何とか受け入れられるんじゃないかなって思っちゃったから……
みんなが……大好きだったから……
私はみんなを殺したの。
えへへ……私頭おかしいでしょ?」
涙の笑顔。
それに向かい俺は一歩、また一歩歩む。
樹菜「……修馬?」
目の前の樹菜。
俺は、優しく抱き寄せてみた。
樹菜「え?……修馬?」
修馬「もういい……
もう、わかったから」
樹菜「……」
修馬「確かにお前は頭おかしいよ。
そりゃ間違いねえ。
だけど俺だっておかしかった」
“樹菜、どうした?体調悪いんじゃないか?”
修馬「1人で抱え込んだお前と、何も気付いてやれなかった俺。
どっちも馬鹿野郎だ。
だからもういい。
むしろ、ごめん。
気付いてやれなくて……」
樹菜「……うう」
“先生……
あと……どれくらい残ってますか?”
樹菜「うあああああああああああ!!」
樹菜の右手が俺の背中を掴む。
樹菜「あああ……ああああああああ」
そう……
カウントダウンってのは……
お前の命のメッセージだったんだよな。
翌日、俺は迎えの船で島から帰還した。
俺は本土へ帰るまでずっと樹菜の肩を抱いていた。
樹菜はひたすら俺の服を掴んでいた。
樹菜はもう俺を殺すことはしなかった。
いや、正確にはやはり俺のことは殺せなかったらしい。
最後、ロッジで眠る俺に凶器を構えてはみたが、どうしても殺せなかったらしい。
だから最後に自殺を促すようなストーリーに書き換えたと教えてくれた。
なぜか?と聞いたが、樹菜はこれには答えてくれなかった。
俺達は、まず病院へ連れていかれた。
そこで警察に色々と聞かれた。
俺も警察に色々聞いてみた。
樹菜は、やはりもう長くはないとのことだった。
学校や世間からも色々と聞かれたが、俺は口を閉ざした。
理由は自分でもよくわからなかった。
ただひとつはっきりしていることは……
後悔だった。
みんなを死なせてしまったことを……
悔いていた。
樹菜を恨んではいないと言えば嘘になる……
ただ俺は……
樹菜を……
そして吹雪を……
みんなを救ってあげられなかった……
ひたすらそれを悔いていた。
樹菜は……最後、俺の死を諦めていた。
自分の苦しみを全て吐き出したためか、確かに諦めていた。
ならば、俺は……
みんなを殺す前の樹菜に、どうしてそう思わせてあげられなかったのかと……
樹菜が最初の殺人を行う前に……
もし……
もし……話してもらえていたのなら、と。
来る日も、来る日も、ひたすら悔いることとなった……
エンディングカウント 2
「生還。そして後悔……」